『昭和猟奇事件大捜査線』第35回「夜遊びに出た娘が海岸線で怪死…謎の犯行声明文は誰が書いた?」~ノンフィクションライター・小野一光
昭和20年代の夏、中国地方某県E村にある派出所に、近くに住む熊野作蔵(仮名、以下同)が駆け込んできた。
「うちの近所に住む鬼沢直美(19)が、昨夜8時ごろに夜遊びに出たまま帰らないので、家の人が心配して探したところ、今朝方、近くの海岸で、手足を縛られて死んでいるのを見つけたようなんです」
【関連】『昭和猟奇事件大捜査線』第34回「『デパートOLの娘が帰ってこない』連続レイプ魔の毒牙」~ノンフィクションライター・小野一光 ほか
熊野は鬼沢家の家族から警察に知らせるよう頼まれ、派出所に来たと話す。すぐに巡査が近所の医師を伴って現場の海岸に行ったところ、手足を荒縄で縛られ、首に紐が巻きつけられた直美の死体があった。その状況は明らかに他殺事案であったため、巡査はその旨を本署に報告した。
家族の説明によれば、発見当時、死体は海辺の砂上にあり、そのまま放置して海上に流されてしまうことを危惧した周辺の住民によって、堤防の上に引き揚げられたとのこと。
木綿の寝間着を着た死体の顔面は蒼白で、両眼を閉じているが、左まぶたは青く腫れ、歯を強く噛み締めたのか、鼻口より出血があり、顔面と上胸部には血痕が付着している。
死体の置かれた堤防の周辺を検索したところ、そこから100メートルほど離れた防波堤のコンクリート上で便箋が発見され、そこには次の文面が書かれていた。
〈鬼沢さまえ ぼくが海に連れて行ったよ 十二日夜 一 十四日夜 二 命はもらうよ アハハハ… おもしろいな ウアハハハ… 夜八時半殺した アバよ S拝〉
この文は鉛筆で書かれており、風に飛ばぬように、便箋の上には小石6個が載せられていた。また、その傍にはヘアピン1本および血液の付着した綿1塊が発見された。
強姦した4人の青年
第一発見者である直美の父・鬼沢勇作(61)は、捜査員に対して言う。「2〜3日前から、直美は体の具合が悪いと寝ていましたが、昨日の午後8時ごろ、自分が田んぼから帰る途中に、自宅前の坂道を寝間着姿で歩いているのを見ました。外の空気を吸うため、土手にでも上がるのだと思ってそのままにして自宅に帰り、午後9時ごろに寝ましたが、夜中に起きて見たときもいなかった。前に妻の幸恵が、直美に医者へ行けと言っていたから、てっきり坂田医院に行って泊まったと思い、朝5時ごろに病院に行ったが、そこにもいなくて、海岸に探しに行ったら海辺で死んでいるのを見つけたんです」
死体はすぐに解剖に回され、死亡時刻は午後11時ごろであると推定されたため、捜査本部は犯行時刻についても、そのころであるとした。そのうえで、以下の捜査方針を決定している。
○被害者家族関係の捜査 ○現場付近の聞き込み ○交遊出入り関係の捜査 ○不良少年、痴漢等の洗い出し ○遺留品による割り出し
捜査を進めていくと、直美の素行はかなり悪く、前年から10数人の男関係を持ち、被害に遭う2カ月前にも、発覚した桃色遊戯のことで、派出所の巡査に説諭されていたことが明らかになった。
さらに捜査員が聞き込みを続けたところ、直美が死亡した日の2日前の夜に、4人の青年に輪姦され、人事不省に陥った(意識を失った)との情報がもたらされる
その4人とは、直美とかねてから知り合いである、いずれも同じ村に住む20歳の工員たち。彼ら4人は事前に示し合わせてE駅で直美を待ち伏せ、そのうち吉田健三が言葉巧みに直美を付近の松林に連れ込んで、まず姦淫していた。
その後、帰ろうとした彼女を他の3人がつけていき、帰路にある川の土手で、まず玉川佑介が強姦し、さらに有田浩二が強姦しようとした際、彼女とともに土手の上から田んぼ道に転落し、直美が人事不省に陥ったのだという。
家の中から証拠品…内部犯行の可能性
4人は付近の河原で直美を介抱したが、回復しなかったため、近くの坂田医院に担ぎ込み、手当てを受けさせていた。その後帰宅した直美は、本件(殺人)の被害に遭うまでは、自宅で寝ていたことが判明する。直美の母・幸恵は、午前2時ごろに、4人の工員のうち2人の知らせを受け、自宅から坂田医院に駆け付けたが、その際に直美から強姦されたことを聞かされていた。さらに、その4人のうちの1人が、その日の午後に菓子折りを持参して鬼沢家を訪れ、直美と母親に謝罪していたのだった。
こうした状況から、捜査本部は4人の工員による事件への関与を疑い、詳細な捜査を行った。しかし4人とも事件当夜のアリバイが完全に成立し、有力容疑者となることはなかった。
また、この4人への捜査と並行して、捜査本部は鬼沢家および、付近一帯への捜索を行っている。
家の中からは、防波堤で発見された便箋に類似する、切り裂かれた紙片10片が見つかったことから、捜査本部は差し押さえることにして、双方についての鑑定を、県警本部の鑑識課が行うことになった。
すると、これまで有力視されていた外部犯行説は薄らぎ、内部犯行説が有力となっていく。その根拠となったのは、以下に挙げる事実である。
○紙片の鑑定により、防波堤で発見された便箋の紙と、鬼沢家で差し押さえた紙は同一のものである ○被害者は、男の友人は多数いるが、着衣(寝間着)の点からして、これらの者の呼び出しに応じて、家を出たとは考えられない ○事件当日、被害者の兄嫁は里帰りで不在であり、家にいたのは血族関係者ばかりで、平素家族間では、被害者の素行不良を苦にしていた ○被害者の兄・真吾(次男)は、2年くらい前に被害者と兄妹げんかをして、被害者に煮え湯をかけたことがあり、凶暴性が認められる ○頸部、両手、両足の緊縛状況が、いかにも入念すぎる。他人が犯したとすれば、いま少し無造作になされているのが普通と考えられる ○兄・真吾は、最近毎晩のごとく外出しているが、犯行当日の晩に限り外出していない ○血液らしいものが付着した綿が現場にあったが、その綿は被害者の敷布団綿と質・使用度が似ている ○被害者が使用していたという押収した敷布団に、血痕を洗ったと認められる形跡がある
これらから、本件は家族による犯行であると認められたため、捜査本部は父・勇作、長男・幸男、次男・真吾、母・幸恵の4人に対する逮捕令状を請求し、母・幸恵を除く3人を逮捕した。
不良娘に手を焼いた父が…
捕まった3人が口裏を合わせることを防ぐため、それぞれ別の警察署に分散留置し、本格的な取り調べが行われたが、3人とも頑強に否認を続ける。そうしたなか、まず父の勇作が一部を自供した。その内容は、直美が素行不良であるため、兄の幸男と次男の真吾が共謀し、自宅で殴打して殺害。死亡した直美の手足を荒縄で縛り、父と息子の3人で海辺に運搬したというものだ。その際には、母の幸恵も一緒について来たという。
だが、幸男と真吾はそうした犯行内容を突き付けられても、「知りません」の一点張りで、否認を続ける。やがて長男の幸男が、自己の犯行を認めるに至ったが、その際に供述した犯行内容は、父・勇作の供述と一致しない。
捜査本部では、勇作と幸男の供述内容の食い違いについての検討を行い、再度の取り調べを行うことにした。すると、勇作が先に話していた内容とは異なる供述を始めたのである。
それは、幸男と真吾が直美を殺害したのは堤防上で、驚いた母の幸恵が自宅から布団と水を入れた瓶を持ってきて介抱したが、蘇生しなかったというもの。そのため、勇作、幸男、真吾の父子3人で、直美の手、足、首を縛って海中に持っていき、他人が殺したように偽装したとの内容だった。
ここで語られた状況は、幸男の供述と概ね一致しており、捜査本部はこの段階で、裏付け捜査に着手することにしたが、次男の真吾だけは依然として否認を続ける。そこで母の幸恵にも任意の取り調べを行ったところ、3者の供述は一致するに至ったのだった。
幸男は次のように話す。
「直美が強姦されたというのも、元をただせば素行が悪いためだと考え、家で父と弟を交えて話し合っていました。そのとき、あいつが寝間着姿のまま家を飛び出したんです。それで3人で後を追い路上で見つけたので、そのまま100メートルほど離れた堤防のところまで、腕を引いて連れて行きました…」
改めて堤防上で直美に説教をしていたところ、彼女が反抗的な態度を取ったのだと幸男は言う。
「それで腹が立ち、直美の頭や顔を何度も殴りつけました。あいつは逃げようとしましたが、父と弟も加勢して、一緒に殴りつけました。そうしたら、いつの間にか直美は動かなくなり、後で駆け付けてきた母が、介抱しようとしたんですけど、意識を取り戻すことはありませんでした」
家族はそこで話し合い、直美が第三者に殺されたように偽装することにして、手首や足首を荒縄で縛るとともに、犯行声明の手紙まで用意したのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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