『昭和猟奇事件大捜査線』第34回「『デパートOLの娘が帰ってこない』連続レイプ魔の毒牙」~ノンフィクションライター・小野一光
「すみません、うちの3女の加奈子が昨日、勤めに出たまま帰宅しないんです。心当たりのあるところに聞いたけど、分からなくて…」
昭和30年代の初夏。関東地方J県のZ警察署に、近くに住む前田陸郎(65。仮名、以下同)がやって来て、娘でT市内の百貨店で働く前田加奈子(20)の行方が分からないと訴えた。
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Z署では加奈子の人相、着衣、所持品、特徴についてJ県警本部防犯課を経由して、電送による家出人手配を全国に行う。さらに、地元消防団に協力を要請し、招集したZ署員とともに、周辺の山野、河川、空き地などの捜索および聞き込みを実施した。
そのなかで、加奈子の勤務先の同僚である佐々木類子(23)から、勤務終了後に同じ電車で途中のT駅まで一緒に来て、午後9時45分ごろに、電車内で別れたとの証言を得る。
加奈子は普段通りの様子で、いつも乗降するA駅で下車したものと推測されることから、下車後の足取りの捜査を行うことにした。また、彼女の行方不明の原因が、殺人または誘拐事件などによる可能性が高いとして、捜査第一課では、Z警察署に捜査本部を設置することにしたのだった。
そこで立てられた捜査方針は以下の通りだ。
○A駅を中心とした被害者の足取り捜査 ○被害者方の敷鑑関係の捜査 ○被害者の交遊関係の捜査 ○ハイヤー、タクシー関係の捜査 ○前科者、不良者の捜査 ○A地区の変質者の捜査
これらのほか、誘拐事件の可能性も想定して、身代金要求時の安全確保の検討と、勤務先および被害者方に電話があったときの措置の徹底と、装備資機材の整備が行われた。
すると捜査本部が設置されて2日後の午前10時半ごろ、加奈子が働く百貨店に男の声で電話が入る。
「前田加奈子さんが出勤していないのを知っているでしょう。彼女は今、ここにいる。我々の名前や現在いる場所は言えない。カネを少し都合すれば…」
2カ月前に被害に遭った女性の話
電話はそこまで言って切れた。次に電話が入ったのは、翌日の午前11時50分過ぎのこと。「本日の午後8時ごろ、N駅の正面に現金30万円を親に持たせてくるように言ってもらいたい。30万円持ってくることを警察に言わないことを守れば、生命を保証します。カネを持ってくるのは父親の方がいいでしょう。私の方は緑色の目印の旗を持って行く。なお、このことは警察には絶対に内緒ですよ」
そこで捜査本部が加奈子の父・陸郎に確認したところ、「要求に応ずる」とのことだったため、往復の電車内の身辺警護は刑事4名が当たることにして、次のことへの協力を要請した。
○現金30万円の紙幣番号を控え、1枚毎に口紅などで目印をつけること ○現金は奪取予防と、渡すときに時間をかけるため、胴巻きなどの奥深くに身につけること ○緑の旗の男が近づいたときは以下の行動を取る
1百貨店に電話した者かどうか確認できるまで質問すること 2娘の居所および安全の有無などを聞き、その返事は復唱すること 3誘拐犯人であるかどうかを確認するため、証拠品の提示を求めること
そうしたうえで、計110名態勢での配備が行われた。しかし、予定時刻を過ぎても容疑者は現れず、最終電車の時刻をもって配置員は撤収することになった。
そうしたなか、A地区の変質者についての情報を追っていた班が、今から2カ月前に、とある被害に遭遇したという女性についての情報を聞き込んでくる。
被害に遭ったのは電話交換手の沢田多貴子(24)で、彼女は午後9時40分ごろ、A駅から自宅への帰宅途中に、男が寄ってきて、「自宅まで送ってやる」と言うので、その男の軽自動車に乗車したという。そして自宅付近まできて、「降ろしてくれ」と要求したが、停車しないので騒いだところ、やっと停車したというもの。
そこで、同班が事前に作成していた、性犯罪の前歴者や変質者などの一覧表にある写真100枚を、彼女に見せたところ、そのうち1枚を選び出したのだった。
執行猶予中の前科持ちの男
男は加山弘明(25)というA町に住むタイル工。加山についてA駅周辺で聞き込みを実施したところ、彼はいつも夜間に付近を軽自動車で徘徊しており、加奈子が行方不明となった夜も、緑色の車でA駅近くにいたとの情報が寄せられた。そこで加山についての身辺捜査を、徹底して行うことになったのである。加山は前年の夏に強姦の前科があったが、この事件については示談が成立し、不起訴となっていた。しかし、本年1月に別の女性に対しての強姦と強姦致傷の容疑で逮捕され、前月に懲役3年、執行猶予4年の判決が下されたばかりで、執行猶予中の身であった。
捜査員が行方不明当日の加山の行動について捜査を行ったところ、前後の行動はすべて明らかになったが、その日の午後9時45分ごろから翌日の午前0時20分ごろまでの行動については、はっきりしない。それは加奈子がA駅で降りた時間帯に当てはまる。
加山についての内偵捜査を進めるなか、A町の寿司店主が、「店内の掃除をしていて拾った。誰か取りに来ると思って待っていたが、来ないので届けに来た」と、女性用の腕時計を駐在所に持ってきた。念のため調べたところ、その時計が加奈子の所持品であることが判明する。
同店主が時計を見つけたのは、加奈子の行方不明翌日の夜のこと。同日の客について確認すると、そのなかに加山がおり、しかも時計は彼が座っていた椅子の下で発見されたのだった。
そこで捜査本部は加山に任意出頭を求めて取り調べを行ったが、「そんな女(加奈子)は顔も知らないし、会ったこともない」の一点張りで、当日夜のアリバイについては、「酒を飲んでいたし、暑いのでF島までドライブをしてきた」と供述する。結局、容疑は濃厚であるが、一旦取り調べは打ち切られることになった。
加山については、逮捕しても犯行について否認することが予想されるため、公判維持が可能な余罪から入り、その流れで本件を解決する捜査方針が決まる。そこで、彼の行動監視を行いながら、余罪の割り出しに焦点が当てられた。
それから1週間もしないうちに、加山は自ら墓穴を掘ることになる。理髪店の女性店員(23)に対し、「大家に頼まれて壁塗りにきた」と称して、店舗奥に連れ込んで強姦をしようとしたのだ。途中で人が来て犯行は未遂に終わるが、被害者が額に傷を負っていたため、捜査本部は加山を強姦致傷容疑で逮捕。加山も女性店員に対する犯行については素直に認めた。
身元がバレたと思い首を絞めた
そこで翌日から、加奈子の行方不明事案についての取り調べを開始したが、彼は犯行を完全に否認したうえ、別件の取り調べの不当性を訴える。当初は取調官の説得にまったく応じる気配のなかった加山だが、不審点を厳しく追及され、再三の説得を受けたことで、徐々に軟化の姿勢を見せ、その日の夜には加奈子の殺害と死体遺棄について、自供に至ったのだった。
自身の犯行について加山は言う。
「俺は普段から酒と女が好きで、酒を飲むと気が大きくなる。あの日も、酒を飲んで午後10時ごろに車を運転して帰宅する途中、歩いている被害者(名前は知らなかった)に『家の近くまで送るよ』と声をかけて、助手席に乗せました。その段階で、強姦することは決めていたと思います」
加山は3分ほど車を走らせると、農道上で車を止め、「遊ぼうよ」と、加奈子の腕を掴んで車から引っ張り出した。
「そのまま強引に草むらのところまで連れて行くと、女は『いやだ、やめて』と嫌がりましたが、構わず押し倒して上に乗り、左手で胸を押さえながら、右手でベルトを外し、ズロースを脱がせてアソコに指を入れました。それで女が黙って何も言わないから、両足を広げて強姦したんです」
無反応な加奈子の姿に、すっかり白けてしまったという加山は、自分が社名入りのシャツを着ているのを彼女に目撃されていることに考えが及ぶ。
「車中で女に、『あんた、A町でしょ』と言われていたことも思い出し、このまま帰すと犯人が俺だとバレてしまうと思いました。執行猶予中だし、分からないようにするには殺して埋めるほかないと考えて、強姦したままの姿勢で、両手で首を絞めたんです。1分くらいでピクピクと体が動いたので、なお強く絞めたら、2分くらいしたらぐったりとなって、肩を揺すっても動かなくなっていました」
続いて加山は車内の工具箱から仕事用のコテを持ち出し、草むらに穴を掘って、加奈子の死体を埋めたのである。彼女の所持品は別の場所に遺棄したという。
取調官が、犯行後にあった、誘拐を示唆する電話について問い質したところ、加山は2回にわたって百貨店に電話をしたことを認めたうえで、「警戒が厳重であるような気がして、現場の駅には行かなかった」と口にしたのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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