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『昭和猟奇事件大捜査線』第32回「拉致か、それとも神隠しに遭ったのか?資産家の母娘が失踪」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです (画像)JinFujiwara / shutterstock

「おい、いつも夜には消えてる山田さんとこの電灯が、まだついてるぞ」

昭和30年代の中部地方某県L市。午前3時ごろに目を覚ました谷内吾郎(仮名、以下同)は、自宅裏に住む山田タネ(58)の家の明かりが消えていないことを、妻のみどりに話した。

同家にはタネのほかに、短期大学に通う娘の美子(18)も一緒に住んでいる。

「そうですね。それに雨戸が開いたままというのも、変ですねえ…」

みどりもいつもと異なる山田家の様子に、違和感を覚えているようだ。とはいえ、深夜に余計な勘繰りをするのも憚られるため、そのままにしておいた。

吾郎とみどりがいよいよ不審を抱いたのは、その日の午後になってから。山田家の明かりが変わらずついたままで、誰も室内にいる気配がないのである。そこで、彼らは同じ町内にあるタネの生家に足を運び、山田家の様子がおかしいことを伝えたのだった。

すぐにタネの妹の榊原道子が山田家に行き、屋内を調べたが、母娘の姿はない。そこで道子は親戚やM市に住んでいるタネの長男・勇造にも連絡。心当たりを探したのである。

勇造が所轄であるB署に、「母と妹が行方不明になった」と届け出たのは、その3日後のこと。すぐに数名の捜査員が山田家に行き、屋内の状況を見分し、関係者への事情聴取を行うことになった。

すると、室内には物色や格闘などの跡は残っていないが、両名について家出する理由が全くないうえ、以下の不審点が浮かび上がってくる。

○美子が外出の際に常に携行する、腕時計、眼鏡、ハンドバッグ等が屋内に置かれている
○6畳間に重要な印鑑4個在中の、タネのハンドバッグが放置されている
○6畳間の雨戸2枚が開放されたままである
○勝手間の電灯が点灯されたままになっている
○谷内家が気付く前日からB署に届出までの間、両名の行方が全く不明である

そうしたことから、県警本部は事件性が高い事案であると判断し、B署のU派出所に捜査本部を開設。捜査を始めることとなった。

金の貸借から容疑者が浮上

そこで樹立された捜査方針は次の通りだ。

○被害者の経歴、家族、資産、収入、生活状態、性質、素行、親戚、知人、出入交際人物の把握等、被害者の内情調査
○行方不明時の被害者の人相、特徴、着衣、所持品の捜査
○被害金品の紛失状況の捜査
○特に行方不明前後の被害者の言動、行動等、被害者の足取り捜査
○死体の捜索

捜査が行われるなかで、夫と死別したタネが、前年夏から薬品の行商を行って現在に至ること、資産については預金や株券、貸金などで130万円ほど有していることが判明。長男・長女よりの仕送りや、貸金の金利、薬品の行商で毎月2万円近くの収入があり、中流程度の生活を営んでいることが分かった。

また次女の美子は、O市内の女子短期大学に通いながら、前月よりO市内にある百貨店で販売のアルバイトをしていた。彼女の学業成績は優秀で、男関係もなく、模範学生であるとして、周囲での評判は極めて良いものだった。

行方不明当日の母娘の行動についても、徐々にではあるが明らかになってきた。まず娘の美子については、百貨店でのアルバイトを終えたのが午後6時すぎで、午後6時34分に退社をしていた。その後、自宅に帰って、当日着用していた白色のブラウスを着替えていることが、痕跡として残っている。

またタネについては、午後7時30分ごろに浴衣姿で自宅裏より出て外出するのを、付近の住民2人が目撃。その後、彼女は××ガソリンスタンドで店主の妻と雑談を交わしており、何者かと待ち合わせている様子だったというもの。

そこで捜査本部は、ただちにタネが待ち合わせていた人物の特定を行うことを決めた。すると、タネの関係先を当たっていた捜査員から、新たな情報がもたらされたのである。

それはタネが、失踪した日の昼に、薬品仕入れ先の薬局主人に対して話していたこととして報告された。

「なんでもタネは、L市の市役所で運転手をしている人物にカネを貸しているそうで、そのカネを今日受け取ることになっていると口にしていたようです」

同じ職場仲間に協力を依頼

男の名は、渡瀬十一(35)。タネは彼について、「薬の得意先で、親切で堅い職業の人」と話していた。

新たな情報を得た捜査本部は、渡瀬について所轄のL署を通じて本人の内偵を行うこととし、基礎的な捜査を始めることになった。すると渡瀬には妻子がいること、その妻が病弱であるため、彼女が常にタネから薬品を買い受けていたことが分かる。

また、そんな妻を裏切り、渡瀬はO市の歓楽街にある特飲店(特殊飲食店=私娼を置く売春を行っていた店)の元女給であった葛城昌子(35)の色香に迷い、彼女を情婦にしているとの情報も入ってきた。

捜査員が調べたところ、渡瀬の主な仕事はL市長の運転手で、タネの失踪日の運転日誌に記載された車両の走行距離92キロ中、87キロの使途が不明で、公用外に使われていたようである。

そうした渡瀬の容疑性が高まるなか、彼が勤めるL市役所での聞き込みが困難であるため、捜査本部ではその方法を検討。渡瀬と同じ職場の日高信二運転手の協力を得ることに成功し、彼から以下の重要証言を入手した。

○タネの失踪翌日の明け方、L消防署職員が、渡瀬が自動車を洗っているのを目撃している

○本件発覚後、渡瀬が日高運転手に対し、「警察には部長(総務部長)と話が食い違うといけないので、あまり喋るな」と口止めをしている

○失踪日の夜、母親と称して被害者らしい女と市役所の自動車車庫で話しており、その後自動車で送った模様である

そうしたことなどから、L市長の了解を得て、B警察署D派出所において、極秘裏に当該自動車内のルミノール血液反応検査を行うと、後部トランクの右側底部と側面に、大量の人血反応を確認するなどしたことから、渡瀬が犯人であるとの確信を得たのだった。

ところが、捜査員が渡瀬の身柄確保に向かったところ、彼は職場を出てL駅からO市方面に、列車で逃走していたのである。そこですぐに別の捜査員を、L市にいる渡瀬の情婦・昌子のもとへと向かわせた。

「渡瀬さんは『これが最後の別れになるだろう…。俺が死んだら線香の1本でもあげてくれ…』と言って、ここから出て行きました」

渡瀬が去ったのは、捜査員が到着する30分前のことだと昌子は言う。自殺を決意した言葉を残して、彼はどこへ行ったのか――。

捜査員を関係各所に配置して、張り込みを実施したところ、その日の夜遅くに、渡瀬が自宅に戻ってきたとの報告が上がる。

欲望のまま犯行に及んだ…

そこで捜査本部は翌朝に任意同行を求める方針を取り、徹夜の張り込みを行ったうえで、彼の身柄を確保したのだった。

取り調べに対して、渡瀬はすぐに犯行を自供。彼の証言に基づき、別々の場所に遺棄されたタネと美子の死体を発見した。

渡瀬の供述は次の通り。

「妻と別れて昌子と同棲するために、カネが必要でした。それで、タネさんが大学生の娘と女二人暮らしで、周りにカネを貸すくらい裕福であることを知っていたので、殺害してカネを奪おうと考えていたんです」

最初から殺害を考えていた渡瀬は、死体埋没用のスコップを入手して、その機会を窺っていたという。

「そうしたら、タネさんから、妻が買い受けていた薬代などの請求を受けたため、これを支払うからと嘘をついて、××ガソリンスタンド付近まで迎えに行きました。それでL市の自宅に向かうように装って、××川の堤防に車を止めてから、彼女の首を両手で絞めて殺害すると、死体を自動車の後部トランクに入れて移動し、××川の河原に穴を掘って埋めました」

タネを殺害した渡瀬は、次の行動に出る。その足で山田家へと向かい、家にいた美子にタネから奪った彼女の手提げ袋を見せ、「タネさんがL市で交通事故に遭い、入院して3〜4日かかるから、大切な書類印鑑、現金を持って病院に来てほしいと言われたので、迎えに来た」と告げたのだ。

慌てて身支度をした美子を車に乗せ、渡瀬は殺害場所を物色。やがてL公園の空き地に車を止めると、そこで取り出した電線を使って、美子の首を絞めたのである。さらに、人事不省となった美子を車外の草むらに引きずり出すと、彼女のズロースを脱がせて姦淫し、そのうえで電線で首を絞めて殺害したのだった。

「犯行に及んでいるうち、相手が若い娘だったから、欲情してしまった…」

カネを盗むだけでなく、強姦まで行うという、黒い欲望を遂げた渡瀬は、美子の死体もまた、川の堤防に穴を掘って遺棄している。

後日、渡瀬は強盗殺人、強姦殺人、死体遺棄罪で起訴されることとなった。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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