(画像)nadia_if/Shutterstock
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『昭和猟奇事件大捜査線』第31回「20代女性の壮絶な最期!舌先を噛み切られた犯人の正体」~ノンフィクションライター・小野一光

昭和30年代の秋になったばかりの日の深夜。東北地方G県K市のひと気の少ない路上で事件は起きた。


「下半身が裸の女の人が倒れているんです…」


K署に通行人から連絡が入ったのは、午後6時ごろ。事件性を疑わせる通報であるため、捜査員が現場に急行し、現場保存を行う。


【関連】『昭和猟奇事件大捜査線』第30回「強姦目的の犯行か、物盗りによる殺しか? 外交官宅でのメイド殺人」~ノンフィクションライター・小野一光 ほか

女性の死体があったのは、人家から離れた道の下にある土堤で、藪に隠れているため、注意しないと気付かない場所であった。


仰向けに横たわる女性は、両手を左右に広げており、白いワンピースにスカート姿であるが、スカートは胸までまくり上げられ、靴下を穿いているが、ズロースは身につけていない。


被害者は20代半ばと思われる、化粧っ気のないおとなしそうな顔立ち。犯行時の恐怖と苦痛による苦悶の表情を浮かべている。


首には手のひら痕が痣となって残っており、手で首を絞められた扼殺であることが想像された。そこで、ただちに被害者の死体を近くの××炭鉱診療所に運んで解剖をしたところ、死因は絞頸による窒息死であることが判明した。


その際に彼女の口中から、事件の大きな証拠となる〝遺留品〟が発見される。それは被害者によって噛み切られた、被疑者のものと思しき舌先だった。


舌先は幅4センチ、長さ2センチほどあり、このことにより、被害者は強姦されようとした際に抵抗し、被疑者の舌を噛み切ったことが推定されたのだ。


強姦殺人事件ということで、すぐにK署に設置された捜査本部は、以下の捜査方針を樹立する。


○性的前歴者および変態性欲者の捜査 ○不良青少年、土工、前科者等に対する捜査 ○病院、診療所、医院等に対する聞き込み ○病気で休んでいる者の病名確認


被害者については、事件が報じられたことで、K市内の建設会社に勤務する神村裕子(25。仮名、以下同)であることがすぐに判明した。新聞で事件を知った、現場近くにある下宿先の大家が、店子である裕子が帰宅していないことを、K署に届け出たのである。

犯行現場近くの有力情報

N県から就職でG県にやって来た裕子は職場での評判も真面目で、異性関係についても特に目立ったことはなく、痴情のもつれによる犯行の線は、間もなく消されることとなった。

そうしたなか、現場近くの飲食店を捜査していた捜査員が、新たな情報を拾ってくる。それは、犯行現場の近くで小料理店「かげやま」を経営している女将の山田京子(43)からもたらされた情報だった。


京子によれば、犯行当日の午後8時ごろに、同じく犯行現場近くにある片山製作所の工事現場で働くA、B、C、D、Eと近田智樹(22)の6人が店にやって来て、カウンターと座敷で酒を飲んでいたという。


やがて午後11時すぎにA、B、C、D、Eが店を出た後、近田のみカウンターで、店の女中を相手にビール4本を飲み、午後11時50分ごろに店を出ていた。


一方、被害者の当日の行動について捜査をした結果、裕子はその日の午後7時ごろに下宿先を出て、友人の片野美恵(23)とともに、K市内の映画館で映画を見ていたことが判明。


その後、裕子は犯行現場から約1キロの地点で美恵と別れており、それが午後11時40分とのことだった。そこから約1キロ先に「かげやま」があることから、裕子が同店の近くで、近田と出会う可能性が高いことが分かったのだ。


そこで捜査本部は、当夜の状況を確認するため、捜査員を片山製作所の工事現場に派遣。「かげやま」にいた6人を取り調べることにしたのである。


すると近田はニコニコした顔で、いくぶん舌の廻らないように思われる話しぶりである以外に不審な点は認められない。そこで捜査員は白黒をつけるべく、次のように近田に語りかける。


「俺は虫歯があって胃が悪いんだ。これを見てみろよ」


そう言って口を大きく開けて奥歯を見せると、続けたのだ。


「お前も顔色が悪いから、虫歯でもあるんじゃないか。どれ、俺が診てやるから奥歯を見せてみろ」


その言葉につられて、近田は思わず口を開き、歯を見せようとしたのである。そうして捜査員は、彼の舌先が欠損していることを確認したのだった。


「おい、ちょっと事情を聴きたいことがあるから、近くまで一緒に来てくれよ」


捜査員の言葉に、近田は何かを察したようだったが、抵抗することなく素直に従い、工事現場から約200メートル先にある駐在所に、任意出頭したのである。


「なあ、なんでここに呼ばれ事情を聴かれてるのか、分かってるだろ?」

「一緒に帰りましょう」と声をかけた

そう問いかける捜査員に対して、近田は1時間近く沈黙を貫く。だが、欠損した舌先のことに触れられ、逃げられないことを悟った彼は、「私がやりました。殺す気持ちはありませんでした。ただ、舌を取るために、ああしなければならなかったんです」と、犯行の一切を認めたのだった。

その場で緊急逮捕された近田は、事件について次のように自供する。


「その日、『かげやま』で酒を飲んでから帰ろうとしていると、後ろから女が歩いてくる姿を見つけ、なんとかして姦淫できないかと考えました。それで、女がやって来るのを待ち、目の前を通るときに横に並び、『一緒に帰りましょう』と声をかけたんです…」


だが、裕子はそんな近田を無視し、言葉を交わすことなく歩みを早める。近田は彼女にまとわりつくようにして、150メートルほど坂道を一緒に上がった。


「人家が周りにないところにきたので、女の左側から右手で肩を抱くようにしたんです。そうしたら彼女が、『変なことをすると声を出すから』と大声で言ったんですね。それで俺は、『出すなら出してみろ』、と5、6歩一緒に歩いたところで、女が俺の方を向き、平手で頬を殴ってきたんです」


腹を立てた近田は、両手で裕子の肩を掴み、その場で突き飛ばして、仰向けに転倒させた。そして彼女の頭に近づき、「やらせろ」と怒鳴ったのだ。


「女は観念したようで、無言で路上に横になっていました。私は彼女のスカートをまくり上げ、ズロースの中に手を入れると、一気にズロースを引き下げました。彼女はそこでも抵抗はしなかった…」


近田はしばらく彼女の下腹部をまさぐり、さらにブラウスの上から胸を揉む。


「それで興奮してきたので、接吻しようと思って、向こうの口の中に舌を差し込んだら…舌の先を思いきり噛みつかれたんです」


驚いた近田が舌を引き抜こうとしたが、裕子は舌を噛み切ろうと、さらに強く噛みしめる。そこで近田がなんとかしようともがいたところ、道の脇にある急な土提の坂を抱き合ったまま、約7メートルにわたって転落する。

痛みが限界に達して両手で首を…

そこでは近田が溝にはまって、彼女の下になった体勢となったのだが、なおも裕子は彼の舌を噛み切ろうと、抱きついて離れなかったそうだ。

「必死に舌を離そうと、下から足で蹴り上げ、両手で突き放そうとしたんですけど、強く舌を噛まれているから突き放すこともできず…。体を回転させて、どうにか溝から出て、今度は俺が上になったんですね。それで向こうから離れようとしたけど、それもできない。もう痛みが限界に達していて、なんとかしないとだめだと、相手の顔面と首を手で押して抵抗できないようにし、両手で首を力いっぱい絞めたんです…」


首を絞められたことで歯を食いしばった裕子は、ついに近田の舌先を噛み切った。彼の口からは滝のように血が流れ出たと明かす。


「噛み切られた舌が口の中で巻きついて、呼吸ができなくなりました。それで左手の人差し指を口の中に入れて舌を引っ張り出し、やっと呼吸ができるようになったんです」


そのとき、すでに裕子はこと切れており、ぴくりとも動かなかった。


「息ができるようになり、冷静になって見てみると、目の前に下半身が全裸の女がいて、仰向けに転がっているんですよ。その女の表情が、こちらを恨んで睨みつけているような感じで、もうすっかり怖くなってしまい、慌てて現場から逃げ出しました」


そのまま現場から逃走した近田は、宿舎に戻ると、誰にも気付かれないように布団を被った。それから3日間は、食事も摂らずに仕事を休んだのだという。


「ただ、新聞であの女が死んだことを知り仕事は休みましたが、翌日からは同僚に怪しまれないように、食事だけは摂る素振りをしていました。食べたふりをして捨てていたんです…」


噛み切られた舌については、病院に行って事件との関わりが発覚することを恐れ、ひたすら痛みに耐えていたそうだ。


「仕事をそう長く休むわけにもいかず、4日目からは現場に出ましたが、鉄骨によじ登る際に、体に力が入ると、舌先から血が出てくるんです。それをのみ込んで、なんとかバレないように仕事をしていました」


自業自得とはいえ、なんとも凄まじい内容に、捜査員もしばし驚きの声を洩らしたのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。