氷川きよし (C)週刊実話Web
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氷川きよしの“独立”は不可能!? 立ちはだかる「音事協」の壁

年内いっぱいでの活動休止を表明している氷川きよし。『週刊文春』が所属事務所の長良プロダクションとの確執や、同社の社長による〝暴行沙汰〟などをスクープし、休養明けの「退所」が既定路線のように報じられているが…。


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「かなり難しいと思いますよ。なにせ、音事協(日本音楽事業者協会)を立ち上げたのが、氷川の恩人である事務所の創業者・長良じゅん氏ですから」(女性誌記者)


音事協は、「著作権管理」を目的とする業界団体で、ジャニーズ以外の大手事務所は軒並み加盟している。


「著作権管理がメインであることは間違いありませんが、〝裏の役目〟としてタレントの移籍防止もありますからね。そもそも音事協は長良氏が中心になって立ち上げ、その息子である現在の長良プロ社長も常任理事を務めています。その足元のタレントである氷川の移籍に協力する事務所があるとは思えません」(同・記者)


長年にわたって、強力な力を持った事務所におんぶに抱っこだった氷川が、逆風の中で独立するのも困難だという。


「氷川自身も、アーティストにありがちな気難しい性格で知られていますからね。音事協を敵に回して、フリーで事務所を切り盛りできるわけがないとみられているんです」(同・記者)

「東京の父」の死で狂った歯車

先代の長良氏は、一代で長良プロを築き上げた立志伝中の人物。演歌界のドンとしても知られる大御所で、いち早く氷川の才能を見出し、ビートたけし命名で大々的に売り出した。

「かつての演歌界は、地方の興行回りなどで、どうしても裏の世界との接点が生じやすい傾向にあった。長良氏は、幾度もヤクザとの切った張ったの修羅場をくぐり抜けてきたことでも知られています。しかし、2012年にゴルフ場で急死。現在の社長が事業を引き継いだんです」(元芸能プロ関係者)


氷川は、長良氏を「東京の父」と呼び、死後10年を経ても尊敬の念を抱いているというが、〝方向性の違い〟から、現在の社長とはソリが合わず、弁護士を介してでないと意思疎通ができないとまで報じられている。


「とはいえ、音事協の問題はクリアできないと思う。しばらく休養したところで結局、頭を下げて事務所に戻るしかなくなるんじゃないかな」(同・関係者)


さすがの氷川も、芸能界の古いしきたりからの〝限界突破〟は難しそうだ。