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『昭和猟奇事件大捜査線』第30回「強姦目的の犯行か、物盗りによる殺しか? 外交官宅でのメイド殺人」~ノンフィクションライター・小野一光

U. J. Alexander
(画像)U. J. Alexander/Shutterstock

昭和20年代の春、関東地方某県にある外国人が多く住むお屋敷町でのこと。

「留美子さん、留美子さん起きて…」

某国の外交官の邸宅でメイドをしている沢田康子(21。仮名、以下同)が、午前6時すぎになって、同僚の原田留美子(28)の部屋に向かって声をかけた。

しかし室内からは声が返ってこない。そこで少しだけ開いていたふすまの隙間から中を覗くと、布団の端から足が出ているのが見えた。このとき、裏玄関の外にコックの長谷川信二が来た気配がしたため、康子は内側から扉を開け、入って来た長谷川に留美子が起きないことを話す。

そこで、2人でふすまを叩きながら留美子の名前を呼んだのだが、相変わらず返事はない。

「これはおかしいんじゃないの…」

長谷川が言い、2人でふすまを開けて室内に入ると、パジャマを着た留美子が両手を縛られ、口から泡を吹いて死亡しているのを発見したのである。慌てて外に飛び出した2人は、ガレージの2階で寝ているボイラーマンの亀井忠雄や、運転手の桜井正二などに知らせ、亀井がその旨を110番通報したのだった。

通報内容は、すぐに所轄のB署に連絡され、捜査第一課長、鑑識課長以下係員が現場に急行した。現場が外交官宅という特殊な状況であるため、××捜査当局(外国機関)との折衝の結果、日本側が全面的な捜査を行うことが決定した。

そこで詳細な現場検証を実施したうえで、本件については強盗殺人事件と認定したため、B署に捜査本部を設けて、捜査を開始することになったのである。

窃盗犯の凶行か内部犯行説も…

現場の邸宅は、一般住宅のほか、外国人ハウスなどが点在する住宅街にあり、夜間は歩行者なども少なく閑静な場所。そこでメイドとして働く留美子の部屋は、出入り口がふすまになっている4畳半の和室だった。

留美子の死体は、和室の中央で仰向けとなり、両手首は前掛けの紐とネッカチーフで縛られ、両手は頭部を囲むようにして、頭の先端方向に伸びていた。

上半身は白の敷布で覆われ、下半身はマットレスを二つ折りにした中に挟まれており、掛布団はその一部がかけられているのみ。

逃走経路にまかれた衣類

マットレスと敷布を取り除くと、右足のパジャマズボンと白色ズロースが脱がされており、パジャマの裾は腰までまくり上げられ、陰部が露出していた。陰部については検視の結果、強姦の形跡は認められないものの、膣口下端に手指で悪戯したと見られる出血点が認められた。

死体の左足の上には黒革カバン、黒ハンドバッグなどが置かれ、カバン内にある財布の中身は現金がないことから、犯人が持ち去ったものと考えられる。

また、頸部は帯揚げで緊縛されており、この帯揚げを切り取ると、絞殺の際に残る索溝が歴然と残っている。頭部の下から灰色のソフト帽が発見されたが、立会人によって、同家のものではないことが判明した。

留美子の部屋の隣は便所となっており、その窓が犯人の出入りに使われたようで、逃走経路と思われる敷地内には、彼女の部屋から持ち出された衣類などがまき散らされている。

犯人は高さ約1.8メートルの塀を乗り越えて隣の空き地から侵入したようで、邸宅側のレンガ塀の内側には、足をかけたと思われる、破損した箇所があった。そこから2軒隣の邸宅前にあるドブ板までの間にも、多くの衣類が散らばっており、ほかにも青色ズック靴や、背広を包んだ風呂敷などが、藪に隠すように置かれているのも発見された。

留美子がこの外交官宅で住み込みメイドとして雇われたのは、わずか1カ月前のこと。同家に雇用された者の中では英語が一番上手く、「日本にいる男性とは結婚しない。アメリカに留学してそちらで結婚する」と口にしていたという。

また彼女はメイドの仕事の傍ら、有名私立学校のタイピスト科(夜間部)に通学しており、被害の前夜も午後6時ごろに学校に行くと言って外出し、午後8時ごろに帰宅。康子と新聞を見たりラジオの放送劇を聞いたりしたあと、午後9時ごろに自室に入った。そのため犯行は同夜の午後9時ごろから翌朝午前5時半ごろまでの間と推定された。

こうしたことなどから、以下の捜査方針が立てられている。

○同家の雇用者の取り調べと、そのアリバイ捜査
○被害品捜査
○遺留品捜査
○手口捜査
○現場指紋による割り出し捜査
○敷鑑捜査
○土地勘捜査
○足取り捜査

指紋の該当者が浮かび上がる

実は、当初は外部に閉ざされた外交官宅という特殊な現場であり、被害品がまき散らされるなど偽装を疑われる状況もあったことから、雇用者による内部犯行説も出ていた。しかし、そうした疑惑については、捜査員による取り調べや、関係者のアリバイ調査によって、次第に薄らいでいた。

また留美子の男性関係については、彼女は理想が高く、普通の男は相手にせず、アメリカに留学したいと口癖のように洩らしており、男との交際は、ほとんど確認されなかったことが明らかになった。

そうしたなか、鑑識課が採取した13個の指紋・掌紋のうち、便所内タイル壁および被害現場である4畳半入り口の白壁から採取した2個の指紋が、居住者の指紋とは符合せず、犯人の遺留指紋であると推定されるに至る。そのため鑑識係員4人が、鑑識課に保存されている指紋票との対照作業を行ったところ、該当者が浮かび上がったのである。

その人物は、古野義男という33歳の男で、これまでに窃盗と詐欺で前科5犯という犯歴があった。さらに、外国人宅荒らしの重要犯人として指名手配されており、もっかN署とL署において捜査中であることも明らかになる。

そこで、かつて彼の事件を担当したことのある捜査員を捜査本部に招き、当時の事件概要について聴取したところ、古野は犯行後に盗品を一時、付近の空き地などに隠し、後日取りに来るという手口であることが分かった。それは、まさに今回の手口とも同一であることから、捜査本部は、今回のメイド殺しも古野による犯行であると推定するに至ったのである。

捜査本部はまず、古野のかつての事件の共犯者の情婦A子に協力を求めた。さらに彼女の協力により、古野の情婦であるB子を発見。最初は協力的態度を示さなかった彼女を説得し、その結果、「古野が××(外交官宅)の事件は俺がやった」と洩らした事実を突き止める。それによって古野による犯行であることが確実視され、彼女から古野の立ち回り先を聞きだすこともできたのだった。

確証を得た捜査本部は、古野を管下に一斉手配。立ち回り先での張り込みを強化した。するとその日の夜、女とともに立ち回り先にやって来た古野を発見し、逮捕に至ったのである。

古野の矛盾した証言

捜査本部に連行された古野は、取り調べが始まると、覚悟していたらしく、すぐに自供を始めた。

「×月×日(犯行前日)の夜、あの付近にあるなんとか会館という、大きな建物に入るつもりで行ったが入れなかった。そこでしばらく歩いていると、大きな家が見えたので、この家に入ろうと思い、塀を越えて敷地内に入り、便所の窓の下に台があったので、そこから家の中に入った…」

古野は便所の隣にある部屋に入ったと語る。

「誰かが寝ているので、気付かれないように洋服などを盗み、いったん便所窓から出て庭の植え込み内に隠し、また部屋に引き返すと、寝ていたのは女で、その瞬間目を覚まし何か英語でペラペラ喋りました。私が黙っていると、今度は『どなたですか?』と聞いてきた。そこで私は『危害を加えないからカネを出してくれ』と言ったんです」

古野は上半身を起こした留美子の両腕を縛ったという。だが、そこで女が立ち上がったと主張する。

「逃げるのではないかと思い、『逃げると殺すぞ』と脅したところ、『殺してもよい』と反発したので、そこにあった腰ひもで首を絞め、さらに息ができないように、その場にあったタオルで猿ぐつわをしたところ、苦しそうにもがいていたので、そのまま部屋を出て、便所の窓から逃げました…」

古野の証言は、実際の現場の状況とは矛盾することが多い。そこで取調官は矛盾点を追及していく。

やがて完全に観念した古野は、外交官宅を最初から狙っていたことを明かしたうえで、留美子殺害について次のように自白した。

「カネを盗った後、劣情を催し、強姦しようとして、そこにあった手ぬぐいで猿ぐつわをかけて押し倒し、ズロースを脱がせました。しかし、抵抗されたので殺してしまおうと思い、咄嗟にそばにあった腰ひもで首を絞めて殺したんです」

犯行後、マメに新聞を見て、捜査の進捗状況を確認していたと古野は語る。捜査本部が手配を行った日の夕刊がたまたま休刊だったため、無警戒で立ち回り先に足を運んでいたことが、後に判明したのだった。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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