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『昭和猟奇事件大捜査線』第29回「美貌の被害者を手にかけたのは誰か?茶畑で殺された元女優」~ノンフィクションライター・小野一光

Filip Fuxa
(画像)Filip Fuxa/Shutterstock

「おい、チャンバラ遊びで刀にする竹を集めに行こうぜ…」

昭和20年代の冬、中部地方T県B郡の農村で、小学3年生の北村正二(仮名、以下同)は、友人の酒井貢を誘って、竹を切り出すために茶畑を抜けようとした。

「えっ、あれって、人の足やないんか!」

茶の枝の間に、人間の足らしきものが見える。正二と貢は、慌てて学校へと戻り、担任の中村智恵子にそのことを告げた。

驚いた中村教諭から話を聞いた三上徹教諭が、正二と貢に案内をさせて現場に行ってみると、彼らの言葉通りに女性の死体が横たわっていたことから、村役場を通じて、駐在所に届け出たのだった。

現場は国道から750メートル離れた茶畑の中。作業用の道路からも30メートル離れていた。死体は中年とまではいかない、整った顔立ちの女性で、頭部を東向きにして仰向けに倒れ、両足をやや開き気味に伸ばし、右手はまっすぐ広げて地面に、左手は曲げて体の上に乗せている。

着衣は、もともと和服を着ていたものと思われるが、羽織や着物、帯などは脱がされていて、付近に見あたらない。両足には足袋を履き、下半身は白地のズロースに、白地の腰巻を身につけていた。

死体の外見だが、パーマネントのかかった頭髪には木の葉くずなどがついており、顔はやや腫れている。左頬骨のあたりに紫色の擦過傷があり、その他は頭部や顔面に外傷はないが、口から血液を洩らしているのが見てとれた。

周辺には、草履が脱げている他に、腰ひも1本が輪型になって落ちており、被害者が腕にはめていたと認められる腕時計が死体の背部に、7時12分を指した状態で残されているのが発見された。

被害者の身元発見に重点を置いた捜査

現場にやって来た鑑識課員は、犯人のものであるかどうかは不明であるが、地下足袋の足跡1個を石膏にて採取し、犯人のものであると認められる男物手袋1双を発見、押収した。

死体はその日のうちに解剖され、以下の結果が出ている。

◎死因は絞頚による窒息死
◎死後経過は16時間ないし20時間くらい(あるいは30時間くらいであるかもしれない)
◎食後経過3時間くらい。ただし胃壁が弱いと思われる点が認められるから、あるいは4時間くらいであるかもしれない
◎胆のうに小指大の胆石3個、および米粒大のもの3個があり、既往に胆石病を患い、医師の診断あるいは治療を受けているものと認められる
◎経産婦で、しかも子供を育て、哺乳したことがあると認められる
◎煙草を呑む。歯にニコチンが認められ、左手中指と人差し指の先端にニコチンが認められる
◎膣内に精液は認められない

こうした解剖の結果と現場周辺の検証によって、捜査本部は次の見立てをしている。

○被害者の身元が不詳である
○犯人は現場付近に多少の敷(土地勘)を有する者ではないか
○被害者の手足および着衣等により、旅館、料理店等、いわゆる水商売の者ではないか
○被害者と犯人は、面識関係にあるものではないか。その理由は、現場付近に格闘したような跡は見られるが、それまでは乱れた足跡あるいは痕跡等が発見されず、被害者は現場まで犯人と合意の上、同道したと認められるため
○野生の生シイタケが現場付近に転がっており、被害者は殺害される当日、現場付近の山等を散策したのではないか
○被害者の着衣、帯、羽織等が発見されない点は、犯人が被害者の身元発覚を恐れ、強殺と見せかける手段であるとの推理も成立する

これらのことから、捜査本部は被害者の身元発見が、即犯人に到達するものと判断したため、身元発見に重点を置いた捜査方針を立てた。それは以下の通りだ。

○被害者と犯人の関係の捜査
○料理店、飲食店、旅館、待合方面に対する捜査
○遺留品の手配
○被害者のモンタージュ写真による該当者発見のための広報(新聞等)および手配
○被害者の使用していた特徴のある足袋、草履の製造販売先の捜査
○被害者着衣の捜索と捜査
○家出人関係の捜査

「子供を預けたまま妹が帰ってこない」

そして捜査が始まったが、遺留品について、足袋と草履はともに、関東地方を中心に販売されているものであることが判明する。

さらに、死体から被害者のモンタージュ写真を作成してマスコミに配布。それが新聞に掲載されたところ、捜査開始以来19日目にして、反応があった。

関東地方のL県警L警察署に、同県に住む立石省吾という男性が出頭して、次のように訴えたのだ。

「妹の立石美千代(37)が先月中旬、同棲している青山牧男(45)とともに、W県のM市方面へ行ってくると言って、子供を預けて出かけたまま帰ってこない。便りもないので心配していたが、新聞に写真が出たT県で殺されたという女は、どうも妹ではないかと思うから、調べてほしいのです」

そのことはすぐにL県警からT県警に連絡が入り、捜査員は遺留品写真などを持ってL市に行き、立石省吾に確認を行った。すると、「この遺留品は妹のものに間違いありません」と立石が証言。その他の証拠も合致したことで、被害者が立石美千代であることが分かったのである。

兄の省吾によれば、美千代はすでに引退したものの、かつては女優をしており、水商売を想起させる派手な外見も、それ故のことであるとのこと。

美千代は2年ほど前に建築技術者をしている青山と内縁関係になり、1年前に彼の子供を産んでいた。

捜査本部では美千代と一緒にいたはずの青山が行方不明であり、また現場の状況からして、情夫(青山)の犯行であるとすれば、首肯できる状況であることから、彼を指名手配することにした。

すると、その2日後には、I県K市の関係先に立ち寄っている青山を、同県警の捜査員が発見し、逮捕した旨の連絡が入る。ただちに身柄の移送を受けて彼を取り調べたところ、その日のうちに犯行を自供するに至った。

青山はもともと妻子とともにT県T市に住んでいたが、職業柄、夜の付き合いが多く、家庭を顧みなかったことが原因で、2年前に妻子が家を出て行き別居生活を送っていた。

他の男のものになると嫉妬して…

そうした折、青山は出張先のL県L市で美千代と知り合う。その頃は彼の仕事も順調で、収入が多かったことから、いつしか彼女と同棲を始め、内縁関係になっていたのだった。

美千代との間には娘も生まれ、円満に暮らしていたのだが、腕はいいにもかかわらず、そのことを鼻にかけて横暴に振る舞う青山の仕事は徐々に減っていき、収入が乏しくなってしまう。

一方で、元女優ということもあり、美千代は派手な生活を好んでいたため、それまでの贅沢な生活が続けられなくなったことで、不満が爆発。彼女から別れを切り出したのだった。

捜査員の取り調べに対して、青山は語る。

「カネのことが原因で美千代と大喧嘩になり、そのときに彼女が『私に見合った生活をさせてくれる男のところに行く』と、他の男の名前を出し、別れを切り出してきたんです。それを聞いて、この女が他の男のものになることを想像すると、嫉妬でどうにかなりそうでした。それで、彼女を殺すほかないと思ったんです」

ただし、自宅で殺害すれば、自分による犯行であることがすぐに発覚すると考えたのだという。

「最初は××(観光地)方面で殺害しようと思っていたんですが、そこまで行く旅費もないので、以前住んでいたことのあるT県で殺害しようと考えました。それで、『ひとまず温泉にでも行って、お互いの気分を直そう』と出まかせを言い、誘い出すことにしました」

同県にあるB郡の旅館には、以前ふたりで泊まったことがあった。青山はその旅館に予約を入れたと嘘をつき、さらに、旅館への近道を行こうと、美千代をひと気のない犯行現場に誘ったのである。

「午後7時すぎでした。夜道で周囲に人がいないのを確認すると、おもむろに両手で美千代の首を絞めました。彼女はひどく抵抗しましたが、しばらくすると、ぐったりして動かなくなったんです…」

青山は仮死状態にあった美千代の首を、彼女の帯を使って締め上げ、とどめを刺したのだった。

「特徴のある派手な着物姿でしたし、駅とかでいろんな人に目撃されていましたので、そのまま放置すると、身元が分かってしまうと思い、着物や羽織などは脱がせることにしました。あと、先立つものも必要だったので、彼女が持っていた財布や預金通帳なんかも奪って、その場から逃げました」

美千代から奪ったカネを逃走資金にしたが、それも間もなく尽きてしまう。そこで知り合いのところに金策に行こうとしたところで、すでに先方に捜査の手は回っており、通報をされたことで、彼は逮捕されてしまったのだった。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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