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『昭和猟奇事件大捜査線』第28回「銀行に勤める娘が河原で無残な姿に…あやしい〝好色家〟の隣人」~ノンフィクションライター・小野一光

Rob Atherton
(画像)Rob Atherton/Shutterstock

「光代はいったいどこへ行ったんや…」

昭和20年代の冬、午後8時30分ごろ。関西地方X県O郡の農村で、熊田伸介(仮名、以下同)は妻の晴美に、娘の光代が帰宅しない心配を口にした。

L銀行に勤める熊田光代(19)は、いつもなら午後7時には帰ってくる。だが、この日に限り、いつまでたっても帰宅しないのだ。

「家を出るときは、何も言ってなかったけど…」

母の晴美も、真面目な光代にはありえない異変に不安を隠せない。

「おい、ちょっと一緒に下まで探しに行こうや」

そう言うと、伸介と晴美は山間部にある自宅から、光代の勤務先がある約3キロ離れた市街地までの道を下ることにした。

しかし光代の勤め先や立ち寄りそうな映画館、知人宅などを探したが、彼女はいない。そこで午前1時ごろになって、道筋の藪などを探しつつ帰宅していると、自宅から約500メートルの地点で、路上に多量の血痕が落ちているのを見つけたのである。

あまりに驚いた両親は、近所の住人に捜索を依頼。15〜16人の近隣住民が付近の捜索をしたところ、午前2時30分ごろに、谷川のほとりで大の字になって死亡している光代を発見した。

すぐに村の駐在所を通じてX県警に連絡が入り、捜査員が現場に臨場した。

死体は川のほとりの熊笹に囲まれた窪地で仰向けに横たわっており、ずぶ濡れのセーター、スカート、ズロースを着てはいるが、スカートはズロースが全部見えるくらい捲れ上がっている。さらに足は約90度に開かれている状態だった。

彼女の頭頂部の後方には、長さ10センチにおよぶ、鈍器様によるものと思われる傷跡が認められ、死体付近には血に染まった袖のちぎれたハーフコート、ネッカチーフ、タオル、靴片方などが散乱している。さらに死体より約30メートル北側の谷川には、手提げカバンと靴片方が落ちていた。

遺留品のタオルに痕跡が…

付近を入念に捜索した結果、死体より20メートルほど離れた笹藪の中から、血液の付着した長さ約70センチの樫の棒が見つかり、現場で発見されたタオルとともに、犯人が遺留したものであるとの結論が下される。

当日昼に実施された死体の解剖により、死因は頭頂部の頭蓋骨粉砕によるもので、姦淫の事実はなく、死亡推定時刻は前日の午後7時前後と推定された。

加えて、翌日から消防団の応援を得て付近を広範囲に捜索したところ、一面に血痕の付着した軍手と、被害者の所持していた財布(中身は抜き取られている)を発見している。

こうした結果から、本件は土地勘のある者による犯行で、犯行の動機は痴情、怨恨、物盗りのいずれとも断定できないとして、以下の捜査方針を樹立したのだった。

○痴情・怨恨関係の捜査(被害者の交遊関係および家庭状況の検討)
○被害者の足取り捜査
○被疑者の足取り捜査
○凶器たる樫の棒の捜査
○遺留品たるタオルの捜査
○犯行地を中心とした不良者、前科者、精神病者、変態性欲者、および通行人の洗い出し
○遺留品の軍手に対する捜査
○血痕が付着していると推定される被害紙幣の捜査

そうしたところ、光代は仲のいい友達はいるものの、現在まで特に目立った男関係はなかったことが判明。縁談こそ2〜3件あったものの、本件の原因となるような交遊関係は浮かび上がらなかった。

また、家族についても、生活程度は集落内では豊かなほうで、近所付き合いも良く、他人から恨みを受けるような点は認められない。

そうしたところ、遺留されていたタオルについて捜査していた捜査員が、これは光代のものではないとの再確認のため、彼女の自宅を訪ねていたところ、同家に手伝いに来ていた女性の首に、同じタオルが巻かれているのを発見した。

その女性は熊田家の隣に住む、香川留蔵(61)の妻・芳江(48)であった。そこでその出所について調べたところ、前年に12本購入し、同家の元使用人に与えたため、自宅にあるのは新品4本と使用中の3本であることが明らかになる。

だが、さらに調べを進めたところ、どうしても使用中の3本のうち、1本の行方が分からない。とはいえ、タオルのことだけでは決め手にならないため、同家の元使用人のほか、同家の留蔵ならびに使用人の佐藤正雄(18)の身辺捜査を行うことが決められた。

近隣の男に“好色家”の疑いが

一方で、軍手の捜査を進めていた捜査員は、佐藤正雄が遺留品と同じ模様の軍手をしているのを発見。軍手は量産品であるため、念のためその場で任意提出を受けて領置している。

こうした捜査を進めていたところ、捜査員の聞き込みによって、香川留蔵が常軌を逸した〝好色家〟だとの情報が集まってきた。

集まった証言によれば、留蔵は年甲斐もなく夫婦生活などのエロ雑誌を収集、耽読するにとどまらず、売春婦を漁りまくっているというのだ。捜査員が当該の売春婦たちに聞き込んだところ、性交時にいつも変態行為を求めるために売春婦から恐れられているという。

さらに、夜間に近隣の女性が取り入れ忘れたズロースを窃取収集する癖があることも明らかになった。

そうしたことから、留蔵についてのさらなる身辺捜査を行うため、同家を捜査員が訪ねていたところ、土間の炉端に置かれている薪のなかの1本に目を留めた。それは、遺留品である樫の棒と同じ虫食い痕のあるものだった。

家人の了承を得て、その薪を捜査本部に持ち帰り、遺留品の棒と対照したところ、虫食いの特徴だけでなく、柾目や切断面の小さな傷まで一致したことから、捜査本部は留蔵の逮捕状を得た。さらには、彼のみならず、使用人の正雄の逮捕状も得て、取り調べを進めることにしたのである。

すると留蔵は犯行を否認するも、正雄はすぐに自白。さらに、その夜に留置場内で、留蔵が正雄に対して、「お前がしたように言え。俺が出たら弁護人を入れてお前の罪を軽くしてやる」と言っていたのを、監視巡査と同房の被疑者が確認するということが起きたのだった。そうしたことから、留蔵も正雄とともに真犯人であると断定され、送致されるに至ったのである。

正雄の自供は次の通り。

「その日、おいやん(留蔵)から、『映画でも見に行こう。闇夜で暗いから、この棒を持って行こう』と樫の棒を渡され、夕方6時半ごろに一緒に家を出ました。そして杉林のところに差しかかったときに、おいやんが『今晩、光ちゃん(光代)が帰って来るのと出会ったら、殺ってやろう』と言ったので、僕は『うん』と返事をしたんです…」

「恥をかかされた」のも自業自得

なぜそういう話になったのか。正雄は、その1カ月前の出来事を口にする。

「僕が光ちゃんを殺るつもりになったのは、夕方荷車を引いて、光ちゃんの家の前を通ったときに彼女が2階から僕のほうを見ながら、『あんな男衆(下男)と言葉を交わすのも汚らわしい』と言ったんです。僕は腹が立ちましたが、我慢して帰りました。そしてその晩、そのことを炉端でおいやんに話したところ、おいやんも『俺もあいつに恥をかかされたことがあるんだ。折があったら殺ってしまおう』と言っていたんです」

ここで留蔵が口にした「恥をかかされた」ことの内容については、後に明らかになる。実は留蔵は年甲斐もなく光代に言い寄り、手厳しく拒絶された過去があったのだ。しかもそれだけではない。隣家に干してあった光代のズロースを盗みに行った際、彼女に見つかって面罵されており、その話が集落内に広まることを恐れていたのである。

そうした折に、正雄から光代に反感を抱いた話を聞いた留蔵は、これ幸いと正雄をけしかけて、犯行に及ばせていたのだった。以下、再び正雄の供述である。

「鳥居の近くまで行くと、下から懐中電灯を灯してこちらに来るのが光ちゃんだと分かったので、木の陰に隠れてやりすごし、おいやんが僕の肩を突いて合図をしたので、後ろから光ちゃんの頭めがけて樫の棒で一撃しました。『キャッ』と悲鳴を上げた光ちゃんは少し歩いてつまずき、起き上がりながら『誰か分かった』と言ったので、これは弱ったと頭を数回殴りつけると伸びてしまったんです」

それから正雄と留蔵は彼女を抱えて谷川まで運んだが、そこで息を吹き返した光代は「お母さん、お母さん」と言っていたという。

「おいやんが、『こいつ、絞めてしまおう。お前は上で見張っておけ』と言い、僕が上で見張っていると、5〜6分しておいやんがやって来て、『完全に死んだ。引き揚げよう』と言い、一緒に帰ったんです」

死体の状態から、留蔵は命を奪った光代に対しても、凌辱行為をしていたとみられる。そんな鬼畜に唆され、犯行に手を染めてしまった正雄は言う。

「帰宅してから、おいやんに『このことは警察に引っ張られても何も言うな。俺は死んでも言わんから、お前もそのつもりでおれ』と言われていました。けど、それから毎晩、光ちゃんの顔が目に浮かんで眠れませんでした。正直に話ができて、さっぱりしました…」

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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