『昭和猟奇事件大捜査線』第26回「神社の境内で50代女性の全裸遺体が…捨て置かれた未亡人」~ノンフィクションライター・小野一光
「××稲荷の境内に女の全裸死体があります…」
昭和30年代の冬のある日の朝、関東地方T県I市で、現場近くを通りかかった工員の久留米真一(仮名、以下同)から、I署に通報があった。
駆け付けたI署員が臨検したところ、死体は全裸で、年齢は見たところ50代前半といったところ。彼女のものであると推定される着物、襦袢、腰巻、たびなどが付近に散乱し、ズロースは約30メートル離れた鉄道引き込み線の中で見つかった。
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また、彼女の胸の上には帯だけが残されており、そこには長靴と推定される足跡が残されていた。
地面には死体を引きずって動かしたとみられる15メートルくらいの痕跡があるため、殺人事件と判断した署員はT県警本部に報告。すぐにI署に捜査本部が設置されて、捜査が開始されることになったのである。
即日、死体解剖が行われ、多数の外傷があったが、致命傷は複数の肋骨骨折及び、小腸腸間膜裂創に基づく、多量の腹腔内出血による失血死と鑑定された。
被害者の身元は間もなく、現場から約200メートル離れた場所で「かやの」という飲食店を経営する、坂口富士子(53)という未亡人であることが判明する。被害当夜は土曜日であったため、「かやの」には12人の客がおり、表戸を閉めた後も午前1時半ごろまで営業していて、富士子はその時刻に、店に女中と客1人を残し、酔客の横山歳三(65)を送って出ていた。
横山方で富士子は、彼とその妻との3人でこたつに入ってコップ酒3杯を呑み、午前2時40分から50分ごろ、自動車代として200円を渡されて、帰途についていた。そうしたことから、この際に帰る途中で犯行に巻き込まれたものと推測された。
なかなか現れない該当者…
富士子が事件に巻き込まれる前に所持していたものについての聞き込みも進められ、現金6000円から1万円が入っていた財布と、女物腕時計がその場からなくなっていることが判明した。これらについては、犯人によって強取されたものと認められる。さらに、現場付近の検証と捜索を実施した結果、I駅から死体発見の××稲荷に至る道路上300メートルにわたって、下駄1足、防寒半コート(裏側に少量の血液が付着)、煙草(8本入り)、酒屋の納品伝票1枚、帯のお太鼓の部分、白色エプロン(ポケットに少量の血液付着)が放置されているのを発見した。
捜査本部では、これらの情報をもとに、事件の内容を詳細に検討。以下のような推論を導き出している。
○犯行の際に、いわゆる「とどめ」(絞頸、扼頸等の手段)を刺していないことから、面識犯ではないだろう ○犯行時刻はだいたい午前3時ごろと推定されるため、捜査の対象となるのは、この時刻ごろに現場を徘徊した者である。しかも被害者を連行(あるいは運搬)し、全裸にしたうえズロースは破って捨てている状況から判断して、痴漢や酔漢で激怒的酒癖のある者、不良青少年、盗犯にして痴漢的傾向のある者と考えられる ○遺留足跡が長靴と認定される以上、数日来の晴天にもかかわらず常時長靴の類いを履く者が対象者である
以上の点を考慮して、次のような捜査方針が立てられた。
○足取り捜査 ○付近の素行不良者の洗い出しとそのアリバイ捜査 ○性犯罪およびひょう窃などの手口前歴者に対するその動向とアリバイ捜査 ○被害品と認められる時計の捜査 ○地取りによる総合的な捜査と類似未届事件の聞き込み捜査
捜査員は付近のI駅に到着した最終電車の乗り越し客4人を特定したが、いずれも犯行には関係ないことが明らかになった。さらに、性犯罪前歴者の手口原紙による捜査対象者22人、ひょう窃手口原紙による捜査対象者20人などに対する、徹底的な捜査が実施されたが、このなかにも犯行に関わったと見られる該当者は発見されない。
「殺してみたくなっていたんです」
事件発生から50日以上が経過したある日のこと。U警察署からT県警本部捜査第一課へ、「×月×日に逮捕し、取り調べ中のひったくり犯人である佐野孝之(21)が、I市での事件を自供しており、真実性があるようだ」との報告が上がってきた。すぐに捜査本部から捜査員と鑑識係長がU署に出向き、佐野の取り調べをするとともに、長靴の鑑定に当たることになった。
そこで出てきた佐野の供述は断片的であったが、次の通りだ。
○被害者は50歳くらいの着物を着た女で、酒に酔ってふらふらと歩いていた ○蹴倒して腹の上を長靴のまま跳ねた ○かついで神社に運んで裸にし、衣類を社殿に放り出した ○指輪をはめていたので、外そうとしたが、外れなかった ○時計を盗んだがU県で捨てた ○その晩、U駅(T県)からL駅(U県)行きの切符を持っていて、電車を乗り換えてI駅に行った
とび職をしている佐野の雇主から任意提出を受けた彼の長靴を鑑定したところ、遺留足跡と符合。さらに、製作時において生じる固有特徴の一致、着用後の歩行癖、使用度などが関連してできた特有の摩耗状態の一致が証明された。
また、佐野と同じ現場で働く中村由紀夫(34)を参考人として取り調べたところ、「佐野から腕時計を受け取って修理したあと、×月×日にU市内の××質店に1000円で入質した」との供述があった。そこで捜査員が当該質店に出向き、腕時計の確認を行ったところ、富士子のものであることが判明したのである。
そうしたことなどから、捜査本部は佐野が本件の犯人であると断定。強盗殺人罪での逮捕に至った。
佐野はひったくり事件で逮捕された折に、女性用のシュミーズやパンティなど50枚余りを所持しており、その出所を追及したところ、T県T市やU市の周辺および、U県内、D県内において窃取したことを自供。そうした下着類を身につけては、喜悦していたという。
また、この事件についてはまったく偶発的なものであるが、以前からある「仄暗い欲望」を抱いていたと語る。
「中学を卒業する頃から、新聞などに殺人の記事が掲載されていると、それを読んで興奮を感じていました。殺人事件について世の中で話題になったりすると、自分もやってみたくなっていて…、映画の殺人場面などを見ても、やはり殺してみたくなっていたんです」
犯行当夜、佐野は後に腕時計を渡した中村由紀夫とU市に遊びに来て飲酒し、終電に近い頃、U駅からL駅までの切符を買ったが、誤ってI駅に着いていた。
I市内を徘徊後、I駅の待合室で始発電車を待っていたところ、たまたま駅前を通っていた富士子を見かけたのだった。
死が迫る被害者の肉体を弄んだ末に…
佐野は言う。「酔いも手伝って、あの女を殺そうと思ったんです。それで、ふらふらと歩く女の後をつけ、人けのない暗がりにさしかかったところで後ろから…」
佐野は千鳥足の富士子を背後から引き倒した。そして起き上がろうとする彼女の腹部を蹴って転倒させたのである。
「女はうめき声を上げて、倒れていました。私はその腹の上に足をかけて乗ると、何度も飛び跳ねて気絶させたんです」
ぐったりとした富士子を担ぎ上げると、××稲荷の境内に連れて行き、そこで彼女を地面に横たえると、ふたたび数回、腹の上で飛び跳ねたという。
「私は女に頬ずりしたり、着物の上から乳を揉んだりしました。次第にそれだけでは我慢できなくなり、着物の前をはだけ、襦袢ごと脱がし、乳を直に揉んだり吸ったりしていました」
この段階で富士子は時おり体を痙攣させることはあっても、それ以外に身動きすることはなかった。その身には、徐々に死が近づいていたのだ。佐野はなおも説明を続ける。
「ズロースが邪魔だったので、力づくで引き裂きました。アソコをしばらく撫でましたが、なんの反応もありません。それで引き裂いたズロースを線路のところまで持って行き、放り投げました」
獣の欲望を満たした佐野の頭に続いて浮かんだのは、富士子の所持品を奪うことだった。
「腕時計は子供のときから欲しいと思っていたので、盗って自分で使うつもりでした。それでまず時計を外し、次に指輪が目についたので、これも外そうとしたんですけど、指に食い込んでいて外れないので諦めました。あと、財布があったので、それを盗みました」
ここまで口にしておきながら、佐野は取調官が呆れることを口にする。
「被害者を憎いと思うことはまったくありません。あと、自分が彼女をなぜ裸にしてしまったのか、分からないんです…」
捜査本部では、こうした証言をする佐野の悪行をすべて明らかにするため、彼がこれまでに複数の地域で窃取していた女性用下着についての、裏付け捜査を行っている。
そのうち被害事実が明白なT県下26件、U県下3件、D県下5件の合計34件について、立件と送致を行ったのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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