岸田首相『旧統一教会』爆弾で“安倍派取り込み”も難題山積み…支持率急落
「あなたには政調会長をお願いしたいと思っている。最終的に私の決定に従ってほしい」
8月7日午後、岸田文雄首相は首相官邸の執務室に萩生田光一経済産業相(当時)を招き入れ、自民党四役の一角である政調会長を打診していた。
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萩生田氏は経産相の続投を望んでいた。だが、所属する自民党安倍派(清和政策研究会)に今でも影響力を持つ森喜朗元首相から、「どんな人事でも受けるように」と言われたばかりでもあり、不本意ではあったがうなずいた。
7月10日の参院選で自民党を大勝に導いた岸田首相は、9月に満を持して内閣改造と自民党役員人事を行うとみられていた。
しかし、安倍晋三元首相銃撃事件を契機に、〝霊感商法〟で大きな社会問題を引き起こした「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」と自民党との関係が次々に明らかになると、物価高や新型コロナウイルスの感染拡大への批判と相まって、急速に内閣支持率が低下。局面打開を余儀なくされた首相は、8月10日の人事断行を決断した。
ただ首相は、参院選勝利を受けて長期政権を担うために、安全運転に徹した政権から、自身の意向を全体的に反映させた本格政権に移行するのを忘れなかった。
それは、最適なタイミングでの衆院解散・総選挙と、2024年秋にある党総裁選の勝利を見据えるものでなければならない。首相に近い政府関係者によると、今回の人事で「重要課題」に位置付けたのが「萩生田氏の手なずけ」だった。
首相は麻生太郎党副総裁と話し合い、人事の基本方針を決めていた。「政権の骨格維持」と「安倍派の取り込み」、そして「菅陣営の弱体化」だ。
党内最大派閥を率い、党を支える保守の岩盤支持層に影響力を持つ安倍氏が存命なら、方針も違った。安倍氏との協力関係の維持に腐心する一方、自身の基盤を強化するため、関係がよくない菅義偉前首相をあえて副総理として迎える案も検討していた。
しかし、安倍氏の死去により配慮が無用になっただけでなく、この先で安倍派を取り込み、岸田派、麻生派、茂木派(平成研究会)の「3派体制」から「4派体制」にする方向に転換。菅氏の優遇も不要になり、逆に菅氏周辺を切り崩すことで政権を安定化させる道を選んだ。
これらのための「始めの一歩」が、冒頭の萩生田氏との会談だ。「安倍派の取り込み」への近道が、萩生田氏を手なずけることだと判断したわけだ。
萩生田氏との会談でほぼ決まっていた
先の政府関係者によると、岸田首相と麻生氏は「安倍派の内情を徹底的に分析した」という。一致した意見は「派内に突出して力を持った議員はおらず、9月27日に行われる安倍氏の国葬後も、跡目争いは起こらない」ということだった。「清和会では下村博文、塩谷立両氏が会長代行を務めるが、この2人ではまとまらない。有力なのは萩生田、西村康稔、松野博一、高木毅、世耕弘成の5人だ。この中で後継会長を狙えるとすれば、萩生田、西村、松野の3人だろう。プリンスの福田達夫はまだ若い。不満分子の稲田朋美はいずれ出て行く。こんな認識だった」(同)
自民党関係者が明かす。
「首相と萩生田氏は、もともと関係がいい。萩生田氏を安倍派との『窓口役』として処遇し、党四役に抜擢すれば、萩生田氏は派閥での影響力を増す一方で、事実上の後見役となる首相には逆らえなくなる。もはや子分も同然だ」
首相と萩生田氏との会談では、萩生田氏の政調会長就任だけでなく、高木党国対委員長と世耕参院幹事長の続投、福田氏の総務会長退任も確認した。宗教法人を所管し、ほぼ一貫して清和会出身者が就いてきた文部科学相ポストを手放すことも決まった。
安倍派としては、派内に旧統一教会と接点を持つ議員が多く、身動きが取りにくい状況に陥ったことを逆手に取られた形になった。
「萩生田政調会長」が固まれば、あとは早かった。萩生田氏の後任を強く望んだ西村氏には希望通りに経産相ポストを与え、安倍派の「有力5人組」全員を閣内と党執行部に取り込んで、まんまと安倍派を「コントロール下」に置いた。
「政権の骨格」である麻生氏と茂木敏充幹事長、主要閣僚である松野官房長官、林芳正外相(岸田派)、鈴木俊一財務相(麻生派)の続投はすでに決めていたため、得意の「聞く力」で各派の入閣希望者を確かめて、閣僚ポストを割り振った。
非主流派の菅氏と二階、森山両派は、なすすべがなかった。菅氏を支える無派閥グループからの入閣は皆無。菅氏に近い河野太郎氏をデジタル相として一本釣りされ、菅陣営の「軍師」的役割を担ってきた森山派の森山裕会長は党選対委員長として引き抜かれた。
終わってみれば、主要閣僚の多くは岸田(総務、外務、法務)、麻生(財務、文科)、茂木(厚労、農水)の3派で分け合い、二階派には「格落ち」の特命担当相2つを渡しただけ。麻生氏は周囲に「岸田もかなり人が悪いな」とつぶやいた。
“小渕幹事長”の仰天プラン
思い通りの人事を行ったかに見える岸田首相だが、実は隠れた焦点があった。茂木氏の処遇だ。首相はこの新しい布陣で長期政権を見据えるが、そのためには繰り返しになるが、自民党総裁選での再選が絶対に必要となる。「ポスト岸田」の有力候補のうち林氏が「禅譲狙い」(岸田派幹部)なのに対して、茂木氏は「間違いなく出馬を目指す」(茂木派中堅)とみられている。ゆえに茂木氏をどう封じ込めるかが、改造人事の重要なポイントになっていた。
首相は布石を打っていた。党選対委員長として信頼も厚い遠藤利明氏に、青木幹雄元党参院議員会長との会合をセットさせたのだ。青木氏と太いパイプのない遠藤氏は、五輪相時代に仕えた森元首相に相談。青木氏には森氏が連絡し、その差し金で、青木氏が「溺愛」(青木氏周辺)する小渕優子党組織運動本部長の同席も決まった。
かつての「参院のドン」として、参院自民党や茂木派に今なお影響力を持つ青木氏は、昨年11月に茂木氏が「だまし討ち」(同)さながらに平成研会長に就き、茂木派を立ち上げたことに激怒。首相が茂木氏を幹事長に据えたことも「許し難い」(同)として、不満を募らせていた。
首相や遠藤氏が目を付けたのは、ここだった。青木氏との「手打ち」の場を設ければ、茂木氏へのけん制になると考えたのだ。また、森氏にとっても安倍氏亡き後、安倍派を主流派に戻し、派閥に対する自身の影響力を強める意味でも「渡りに船」だった。
会合は8月3日夜、東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」内の日本料理店『山里』で行われた。「優子のことをよろしく頼みます」と言う青木氏に、首相は「分かっております」と応じた。人事の話は出なかったという。
お開きの後、車いすを待つ森氏に首相が寄り添い、安倍派の内情を尋ねると、森氏は先の5人組の名前を挙げ、「彼らが安倍さんの遺志を継いでいる」と伝えたという。
この会合に関し、首相に近い自民党関係者が明かす。
「小渕氏は希望通り、組織本部長を続投して地方組織や団体への浸透を目指す。来年は小渕氏を幹事長にして、衆院を解散する考えがあるかもしれず、茂木氏にとっては嫌な展開だろう」
防衛費の大幅増も難題…
人事ではここまで手を尽くした岸田首相だが、この先にはいくつもの難題が待ち構えており、政権運営に不安もつきまとう。改造後に行われた報道各社の世論調査でも、内閣支持率はさほど上がらなかった。当面の難題は、やはり旧統一教会問題だ。首相は、教団側と関係があったかどうか自己点検をするよう指示。あった場合は関係を改めるよう求めた。
その結果、多くの議員が「祝電を送っていた」「あいさつをしていた」などと自己申告。新内閣でも、いきなり閣僚8人が何らかの接点を持っていたことが判明した。
先の自民党関係者によると、所属議員と旧統一教会との関係は「選挙の全面支援」に尽きるという。
「朝から晩までビラまきやポスター貼りを無給でやってくれる。選挙になるとアパートを数部屋借りて、統一教会の人間を何人も寝泊まりさせていた議員が大勢いた」(同)
秋の臨時国会では、立憲民主党など野党が追及の構えを見せている。教会の名称変更で、下村氏が文科相のときに便宜を図ったとされる問題は、確実に俎上にのる。
関連団体が掲げる「夫婦別姓阻止」などの政治的主張が、自民党の政策に反映された疑いもあるだけに、対応を誤ると政権は一気に失速しかねない。
秋以降、加速する恐れがある物価高も大きな懸念材料だ。首相はロシアによるウクライナ侵攻で、最も高騰する可能性がある小麦とガソリンの価格について、秋以降も据え置くよう担当閣僚に指示した。
当面は2022年度予算で計上した5.5兆円の予備費を使う方針だが、災害など緊急時対応にも必要だ。官邸は今のところ「制御可能」(官邸関係者)とみているが、ウクライナの戦況次第では世界的なインフレに巻き込まれないとも限らない。
政策面では、1票の格差是正のための衆院議員定数「10増10減」が待ち受ける。地方を減らして大都市圏で増やす、衆院選挙区画定審議会の答申には、自民党内の不満が極めて強い。
政権としては、臨時国会に法案を提出し、答申通りの成立を目指すが、問題は党内手続きを通るかどうかだ。首相は新総務会長の遠藤氏の手腕に期待するが、「増えるほうの東京も、選挙区が細かくなっていくばかりで、このやり方はもう限界だ」(若手)との声には一定の説得力があるだけに、無理に通せば禍根を残しかねない。
生前、安倍氏が強く求めた防衛費の大幅増も難題だ。23年度予算案の概算要求段階で、すでに関係省庁間でさや当てが繰り広げられており、水面下での与党要求は足し上げただけでも「8兆円」(政府関係者)という。22年度は5.4兆円だ。
いま政府内で検討されているのは、北大西洋条約機構(NATO)基準をベースにする案。軍人恩給費や沿岸警備隊予算などを盛り込めるため、見せかけ上は「6兆円程度に増やせる」(同)とされる。その上で
「施設の改修費や新規装備の調達を含め、7兆円未満に抑えることができるかどうかの攻防になる」(同)見通しだという。
このほかにも、新型コロナウイルス対策や新たな成長政策による経済の底上げ、「台湾有事」への備えなど、課題は山のようにある。
岸田首相が、党内基盤の強化や総裁選対応など、足元のことばかりに気を取られるようなら、この先政権が大きく揺らぐ事態になるのは間違いない。
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