(画像)ninoon/Shutterstock
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『昭和猟奇事件大捜査線』第20回「舅と息子夫婦の間でいったい何が?消えた農家の跡取り息子」~ノンフィクションライター・小野一光

昭和20年代後半の、夏のある日のこと。


関西地方某県にある、のどかな景色で知られるS村において、村人の間で密かに囁かれることがあった。


「藤村さんところ、なんやおかしいんとちゃうか…」


それは同村に先祖代々住む、農家の藤村大樹(仮名、以下同)と、その息子夫婦に関して立った噂のこと。


【関連】『昭和猟奇事件大捜査線』第18回「若いデパート店員が異常性癖者の毒牙に?咬みつかれた女性の死体」~ノンフィクションライター・小野一光 ほか

広い一軒家には大樹(63)と、息子の健三郎(33)夫婦が住んでいたのだが、健三郎が昨年末に姿を消し、その妻のユキノ(26)と大樹が、夫婦のように一緒に暮らしているというのである。


「健三郎さんがいなくなったのは、ユキノさんが出産のため入院しているとき。どこに行ったのか、まったく分からへんの。子供が生まれているのに、正月も帰って来えへん。今では大樹さんとユキノさんが良い仲になってはる」


S村の駐在所の巡査、立花光男が巡回中に、藤村家の近くに住む主婦の長谷川富子と立ち話をしていると、ふいに彼女がそんなことを口にしたのだ。


その話が妙に気になった立花巡査が、周囲のほかの家でも話を聞いて回るなど、独自に〝内偵〟を行ったところ、どうやら富子が話していた内容は事実であることが分かった。


そこで立花は周辺住民の話をまとめて、本署であるS署に届け出たのである。


「それはほんまか? ならちょっと調べてみたほうがええな…」


S署で捜査幹部の指示を受けた捜査員が、家出人捜索願のカードを調べたところ、藤村家の家族からは、捜索願が出されていないことが判明した。


そのことでさらに不審を強めたS署では、小規模な捜査班を編成し、行方不明になっている健三郎について、内偵を行うことになったのである。


その際に立てられた捜査方針は以下の通りだ。


○藤村家の家族関係の捜査(とくに父・大樹と妻・ユキノについては徹底する)


○健三郎が家出をする動機の有無についての捜査


○周辺住民に対する、さらに詳細な聞き込み


○藤村家の親戚等への聞き込み


そうした内偵捜査が進められるなか、周辺住民への聞き込みを進めていた捜査員が、新たな情報を入手してきた。


「健三郎はいつの間にかいなくなったそうですが、大樹はそれから間もない昨年の暮れ、何も聞かれていないのに、近所の人に『息子の健三郎が××(地名)の方に働きに行った』と話していたそうです」

姉に届いた手紙の筆跡が

さらに大樹が、自宅6畳間の畳を上げて、床下をコンクリートで塗り固めているのを目撃した知人がいることも明らかになった。捜査員は話す。

「知人がその作業を目にして、理由を尋ねたら、大樹は恐ろしい顔をして、『天ぷら屋をやるんや』と説明していたそうですが、それから半年以上が過ぎたのに、一向に天ぷら屋を始める気配はないようです」


その証言を得たことで、ますます不審を深めた捜査班は、健三郎の実姉で県外のO市に住む山口朋恵に話を聞いた。


「昨年末に、O市H郵便局の消印が入った女性からの手紙がうちに届きました。差出人として川浪紗栄子という名前が書かれていましたが、まったく心当たりのない女性です。その手紙には健三郎とユキノを別れさせてやってくれということが書かれていました。ただ、この手紙の字はお父さん(大樹)の字によく似ていて、お父さんが書いたんじゃないかと思うんです。健三郎はこんな字は書けません。行方が分からなくなって、とても心配しています」


捜査員は朋恵からその手紙を入手。大樹の書いた文章との筆跡鑑定が行われることになった。


一方で、大樹についての捜査を行った捜査員によれば、彼は50代で妻に先立たれており、その後は再婚することなく、子供たちを育てていたという。63歳という年齢ながら、長年の農作業で筋骨は隆々としており、農家の寄り合いでも、若い女性に対する興味を口にするなど、男性としては現役であるとの印象を、周囲からは抱かれていた。


また、ユキノと健三郎は見合い結婚で、彼女が隣村から嫁いできたのは2年前のこと。


周囲の目を引く美人というわけではないが、明るくて気立てが良く、農家の仕事も嫌な顔ひとつせず手伝うなど、近所では健三郎は良い嫁をもらったと言われていたことが分かった。

自宅床下のコンクリート下から…

彼女は出産後、藤村家に戻ってきて、当初は健三郎が家を出たとの報せに暗い顔を見せることもあったが、今では以前の明るい表情を取り戻し、大樹との農作業でも、笑顔を見せているようだ。

「夜に大樹さんの家の近くを通りかかったとき、健三郎さんがいないはずなのに、家からユキノさんの、あのときの喘ぎ声が漏れ聞こえてくるんや。そらもう、なんやおかしい、いう話になるやろ…」


そう話す近隣住民がいたことから、大樹とユキノが義父と息子の妻という間柄でありながら、夫婦同然の関係にあることは明らかだった。


やがて、健三郎の姉の朋恵のもとに届いた手紙と、大樹の筆跡が同一人のものに違いないとの鑑定結果が上がってきた。そこでS署は、大樹に任意出頭を求めて、取り調べを行うことにしたのである。


「知らん。わしに健三郎は××に行くとだけ言って出て行った。それきり便りはない。ユキノさんは藤村家の跡取りを産んでくれた嫁さんやから、大事に扱っとるだけや。それの何が悪い言うんや…」


大樹はそう口にすると、あとは知らぬ存ぜぬで通す。さらに、朋恵宛てに届いた手紙についても、何も心当たりはないと言う。


S署はすぐに家宅捜索令状を取り、自宅床下のコンクリートを剥がして調べることにした。


「おい、なんだこの臭いは。やっぱりや…」


手作業でコンクリートを割った捜査員の周りに、その場にいた誰もが、それがなんの臭いであるか想像できる異臭が漂う。


なかば白骨化した健三郎の死体が、紐で縛られた状態で横たわっていたのだ。


「おい、床下から健三郎の遺体が出てきたで。お前がコンクリートで床を塗り固めよったのを見とる者がおるんや。いったいどういうことか説明せい」


捜査員からそう詰め寄られ、さすがに大樹も観念したのか、犯行を自供するに至ったのである。それは、にわかには信じ難い理由によるものであった。


大樹は健三郎とユキノとの3人暮らしだったが、いつしか息子の嫁に横恋慕をしてしまったというのだ。


「最初はええ子やなあ、くらいのもんやったんです。けど、一緒に暮らしとると、いろんな姿を見るやないですか。気がついたら、どうにもたまらんようになっていたんです…」

「健三郎は情婦と家出をして行方不明に」

これまで父と息子だけの男所帯で暮らしていたところに、若い娘が嫁いできたのである。生活をともにするなかで、ユキノの若い肉体に目がくらんでしまったと語る。

大樹はユキノが風呂に入っている姿を隠れて覗いたり、健三郎との夜の営みを盗み聞きするようになっていた。そして徐々に、彼女を自分のものにしたいと思うようになったのだ。


「去年の夏頃から、健三郎さえおらんようになれば、ユキノがわしのものになると考え、そのためには健三郎を殺すほかないやろと思って、それができる機会を窺っておりました」


そうした折、ユキノの妊娠が発覚。出産のため彼女が入院することになった。


「もうこの機会しかないと思いました。それで年末の午後10時頃、あらかじめ手に入れとった睡眠薬を、栄養剤や言うて健三郎に飲ませたんです。それで朝方に、熟睡しとるあいつの首を、両手で思いきり絞めて殺しました。そんで、遺体は最初、兵児帯で縛って床下に置いといたんです。せやけど、そのままやったらいずれ腐って、臭いがするやろと思って…」


後日、臭気を防ぐために、その上からコンクリートで覆ったのだという。


「そんとき、××が家にやって来て、作業を見られたときは、しまったと思いましたが、とりあえず、『天ぷら屋をやるつもりや』言うて、しのいだんです」


出産後、退院して家に戻ってきたユキノに対して、大樹は、「健三郎は情婦と家出をして行方不明になった」と告げている。


「ユキノは悲しんでましたけど、『近所には健三郎は仕事で××に行くと家を出ていった、と説明するから。ユキノと子供の面倒は、わしが見るから安心せい』言うて慰めました」


そして大樹はユキノに情交を迫り、当初の目的を遂げたのだった。


「最初は少し嫌がっとったかもしれんけど、そのうちあの子も覚悟が決まって、喜んで受け入れるようになってました。健三郎の姉の朋恵に手紙を出したのは、やっぱり姉弟やから心配するやないですか。家出したことを疑われんようにせんとあかんな、と思って…」


事件について何も知らなかったユキノは、捜査員から犯行のあらましを聞かされて、その場に泣き崩れたという。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。