(画像)Tiko Aramyan / shutterstock
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井上尚弥「親子二人三脚で世界王者になることに意味がある」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第14回

3階級制覇、3団体統一など文句なしの実績と圧巻の試合内容から、歴代最強の日本人ボクサーといわれる〝モンスター〟井上尚弥。次戦で4団体統一を達成すれば、階級を上げてスーパーバンタム級での挑戦も視野に入れているようだ。


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6月7日、フィリピンのノニト・ドネアを2回TKOに下して、新たにWBC世界バンタム級王座を獲得した井上尚弥。これによりWBAスーパー王座、IBF王座と合わせて、日本選手では初の3団体統一を達成した。


同級WBO王者のポール・バトラー(イギリス)との対戦も交渉中で、うまく事が進めば今年12月にも4団体統一戦が行われる運びとなる。


井上はドネア戦後、ボクシング界で最も権威があるアメリカの専門誌『ザ・リング』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングにおいて、日本人初の1位に格付けされた。


PFPとは、体重差に関係なく選手の総合力を専門的な指標で判断したものであり、その1位ともなれば「現時点において世界で一番優れたボクサー」を意味している。


歴代のPFP1位といえば、モハメド・アリ、ロベルト・デュラン、マイク・タイソン、ロイ・ジョーンズ・ジュニア、マニー・パッキャオなどそうそうたる名前が並んでいて、井上は現時点においてレジェンド級のボクサーと同じレベルにあるというわけだ。


そうしてみると井上は、史上最高の日本人ボクサーと言えそうだ。世界的な評価でいえば、メジャーでMVPを獲得した大谷翔平と比べても、決して引けを取るものではない。

井上はまだ進化の途中

また、井上は高校3年生のときに、社会人も含めたアマチュア最高峰の全日本選手権をはじめ7冠を制覇している。この若き天才ぶりは、将棋の藤井聡太と比べても遜色ないだろう。

しかし、認知度や人気で見たとき、井上は大谷や藤井に一歩譲り、昨今の「好きなスポーツ選手ランキング」においても、名前が上位に挙がることは少ない。


そんな状況に不満を感じるボクシングファンもいると思われるが、心配には及ばない。井上は現在が到達点ではなく、まだ進化の途中なのだ。


ドネアを物差しにすれば、井上の進化は明らかだ。2019年11月7日の初対戦のとき、井上はプロデビューしてから初めて右目の上をカットされ、鼻からも出血させられた。それまで9割近いKO率を誇ってきた井上にとって、12回判定という結果は、勝ったとはいえ苦戦であったことに違いはない。


だが、それから約2年半が経過した二度目の対戦では、早々にダウンを奪い、わずか2回1分24秒でTKO勝利を収めている。


ちなみにドネアは、この試合まで48戦のキャリアでKO負けは一度だけ。それも2階級上となるWBA世界フェザー級王座統一戦のことで、井上のパンチ力がいかにすさまじいかが分かるだろう。


井上は試合後、リング上での勝利者インタビューに答えて、「自分が目標としている4団体統一、それが年内にかなうとするならばまだバンタム級で戦う。もしかなわないならスーパーバンタム級に上げて、新たなステージで挑戦したい」とコメントした。


決して現状に満足せず、さらなる高みを目指していくという心意気の表れだ。

いまとなっては“まさに怪物”

デビュー当初の井上は、所属ジムの大橋秀行会長が発案した〝モンスター〟というニックネームを気に入っていなかったという。若者らしい爽やかなルックスの井上にとって、確かにふさわしくなかったかもしれない。

しかし、ケタ外れのパンチ力で豪快なKOを連発してきたことで、いまとなっては世界中のボクシング関係者やファンから、「まさに怪物」と評されている。


では、そんなモンスターはどうやって生まれたのか。


井上は3団体統一王者となった2週間後、地元の神奈川県座間市で開かれたイベントに参加した。そこで、集まった市民からボクシングを始めたきっかけを問われ、次のように答えている。


「父親がアマチュアボクサーで、家の一室でずっとトレーニングしていて、その姿を見てカッコいいなって思った。小学1年生に上がる前に、自分からやりたいと言いました。ずっと父親に憧れていて、強くなりたいと思った」


プロ入りまで長らく父親の開いたアマチュアジムで練習してきた井上は、大橋ジムへの所属が決まってからも「親子二人三脚で世界王者になることに意味がある。他の人ではダメ」と、父親を専属トレーナーにすることを希望した。


井上がデビューした2012年は、良くも悪くも亀田親子が話題になっていた時期であり、井上の要望を受け入れた大橋ジムに対しては、もしかすると疑問の声が寄せられたかもしれない。


しかし、その結果として井上はデビュー6戦目にして世界王者となり、父親の井上真吾トレーナーは、その年に最も活躍したトレーナーに贈られる「エディ・タウンゼント賞」を受賞することになる。


親子の絆があってこその成功だったのか、それとも生まれながらの才能に恵まれていただけのことなのか。


人それぞれに思うところは違いそうだが、親子関係が壊れたせいで大事件が起きたりもする昨今だからこそ、心に留めておきたいエピソードではあろう。


《文・脇本深八》
井上尚弥 PROFILE●1993年4月10日生まれ。神奈川県座間市出身。小学1年でボクシングを始め、高校時代にアマ7冠を達成。2012年7月にプロ転向。身長165センチ、リーチ171センチ。通算成績23戦23勝(20KO)。