蝶野正洋『黒の履歴書』~「新日本プロレス」オーナーからの苦言
新日本プロレスの真夏の祭典『G1 CLIMAX』が開催中だ。昨年はコロナの影響で秋に開催されていたけど、今年は8月18日に日本武道館で行われる優勝戦まで約1カ月間にわたって全国各地で激闘が繰り広げられる。
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俺はG1で通算5回優勝していて〝夏男〟と呼ばれたけど、やっぱりG1は夏開催のほうが盛り上がる。暑い盛りに過酷な巡業を行う選手たちは、大変だと思うけどね。
今年のG1で話題となったのは、開催直前に行われた『戦略発表会』で勃発した木谷高明オーナーの「涙の団体批判」だった。
新日本プロレスの親会社、株式会社ブシロードの代表取締役会長でもある木谷オーナーは、実質的にトップの立場。その彼がマイクを持つと「ちょっと会社批判していいですか」と切り出し、最近の新日本のリングについて「ブーイングしたくなるような試合ばっかり」「古い、遅い、変化を嫌っている、固い。それでは新日本プロレスが存在している意味がないんですよ」と選手たちに苦言を呈した。
普通の会社なら、そんな内部のゴタゴタは社内でやればいいことなんだけど、ここがプロレス界の不思議なところで、大事なことほど公の場でいきなりアピールするんだよ。不平不満や批判は、本人に言わずにリング上や記者のいる前でブチまけてしまう。
フロントと選手たちの距離の問題
2002年の新日本プロレス札幌大会で、アントニオ猪木さんがリング上で若手選手たちに問いかけた「猪木問答」も、そもそもは俺が猪木さんに言いたいこと言って、猪木さんからもプロレスについての想いを聞き出そうと思って試合後に仕掛けたものだった。木谷氏も、そんなプロレス界の伝統を踏まえて、あえて大勢いる前でスピーチしたのかもしれない。
この発言に対して反応したのは、「どこかのクソオーナーが『ブーイングばっかりだ』とか言ってましたけど、僕の戦いではそんなことなかったと思います」とコメントしたオカダカズチカ選手と、「新日本が古くて遅くて固いなら、その責任の一端はあなたにもあるんじゃないですか」と逆に問いかけた内藤哲也選手くらい。残りの選手からの反論を耳にすることはなかった。
このことから伝わってくるのは、フロントと現場の選手たちの距離が、いまだに離れているということだよね。いまだに、というのは、俺が新日本プロレスに所属していたころから選手とフロントには隔たりがあって、選手たちは勝手に現場ですべて決めてしまうことが多かった。
プロレスラーなんて基本的に自分のことしか考えていない。会社の中で自分だけ目立てばいいし、それが無理なら他団体にでも、海外のリングにも行く。そうやって常に自分の価値を測って、より高く買ってくれそうな場所を探しているのがプロレスラーなんだよ。
これはもう政治の世界と一緒。いまは○○党にいるけど、選挙に勝つためにはいつでも違う党に行く準備をしてる政治家って多いじゃない。そこには常に保身と野心が渦巻いている。だから今回、オーナーからこういう発言が出てきたということは、近々大きな動きがあるのかもしれないね。
そんな政治的な動きも考えながらプロレス、そしてG1を観ていけば、もっと深く楽しめると思うよ。
蝶野正洋 1963年シアトル生まれ。1984年に新日本プロレスに入団。トップレスラーとして活躍し、2010年に退団。現在はリング以外にもテレビ、イベントなど、多方面で活躍。『ガキの使い大晦日スペシャル』では欠かせない存在。
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