(画像)Natwick/Shutterstock
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『昭和猟奇事件大捜査線』第16回「家出人捜索願の出された彼女がなぜ?山小屋の女性変死体」~ノンフィクションライター・小野一光

昭和30年代の秋の終わりごろ、北陸地方某県での出来事である。


その日、キノコ採りのため、S町に住む3人の小学生が誘い合って、朝から地元のU山に出掛けていた。


ときおり薄日が射していたのだが、昼が近づくと急に空模様が怪しくなり、にわか雨が降り始めた。


そこで3人のうちリーダー格の須藤順二(仮名、以下同)が、先頭を切って勝手知ったる近くの桃畑に入り込み、その中にある小屋を目指したのである。


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順二が小屋の板戸に手をかけて、30センチほど開けた途端、なかから悪臭が漏れ出てきた。そこで屋内に目をやると、大の字のように広がった人間の白い足が、視界に飛び込んできたのだ。


「人が死んでる!」


順二は慌ててその場を離れ、桃畑の入り口で待っていた2人に状況を説明。もう一度確認しに行こうと誘ったが、2人は尻込みしてしまい、行こうとはしない。


「誰かに知らせたほうがいいって…」


その言葉で、3人は自宅のある集落に駆け戻り、町内会長の山内清隆に状況を知らせたのだった。


順二の案内で小屋に向かった山内だったが、現場に近づくにつれて、悪臭が鼻をつく。覚悟を決めて板戸を開くと、頭を入り口の方に向けて大の字になった女が、仰向けに倒れているのが、はっきりと確認できた。


山内によって集落の公衆電話からの通報を受けたH署では、まず捜査係長以下3名が、現場に急行する。


死体はほとんど全裸で、顔は米ぬかのようなものにまみれていて、識別は困難だった。さらに、周りの板戸や農機具には血痕が飛び散っており、一見して他殺死体であると認められた。


すぐに県警本部からも捜査員が現場に駆け付け、現場検証が行われる。

物取りが目的ではない…

間もなくその女性は、W市生まれで、現場とはさほど遠くないS町の、仁保兼一郎方に住む、坂東由美(22)であると判明した。彼女は1カ月ほど前に、家族から家出人捜索願が出されていたのだ。

由美の死体は解剖によって、以下のことが明らかにされた。


○死後約1カ月が経過している


○健康体であるが、子宮内に掻把の痕跡がある


○姦淫の有無ははっきりせず、検査しても結果は期待できない。妊娠しておらず


○死因は扼殺と認められる


また現場からは、死体の首に巻かれてあった比較的新しいピンク色の腰ひも、自転車のベル、血痕の付着した木片、懐中電灯の灯部などを発見、押収した。


K市内のカバン店に勤める由美は、失踪当日の朝、出勤前に、「今晩、映画を見てくるから遅くなる」と話していた。そして職場を退勤後に、行方が分からなくなっている。


捜査本部では、犯人は由美と面識があり、土地勘のある者だが、物盗りが目的ではないとしたうえで、次の捜査方針を立てた。


○被害者を中心とした捜査


○現場周辺の徹底的な捜索


○S町を中心とした聞き込み、足取り捜査の徹底


○不良者、ぐ犯少年、性的犯罪者の捜査


○交通業者に対する聞き込み


○家出人の捜査


○遺留品の捜査


そうしたなか、まず現場捜査班が、死体の欠損していた歯牙及び、紛失している定期券を捜していたところ、2日目に小屋内の米ぬかの中から、定期券と身分証明書、さらに歯牙2本を発見した。


続く3日目には、同じ場所から毛髪16本、10円硬貨1枚を発見。4日目には、現場から50メートル離れた崖で、灯部の欠けた懐中電灯を見つけている。


また、交友関係についての捜査では、彼女の男関係はいくつかあり、そのうち肉体関係があるのは2人、うち1人が重複するが、結婚の話が持ち上がっているのは2人だと判明した。


そこまでは分かったものの、容疑者の割り出しに直結するものとしては、遺留品以上に有力なものはない。そのため当面は、遺留品の捜査に全力を注ぐことになった。


そうしたところ、遺留品の懐中電灯に引っかかる人物が現れる。懐中電灯の乾電池に指紋が残されており、その販売ルートである自転車店を根こそぎまわったところ、K市内の自転車店主の指紋と一致したのだ。

崖っぷちでの大逆転の発見

当の店主である安田文雄は、この「懐中電灯」の販売相手について、記憶は薄いとしながら、次のように話す。

「確か、鳥打帽を被り、ジャンパーを着た男で、M町方面に住んでいたような…。品物は、一度売ったものが接触が悪いからと返品されたもので、それを修理して店用にしてあったのを(その男に)売りました」


当初は安田もその程度の記憶しかなかったが、遺留品以外に解決の糸口が見つからない捜査員は、彼の店へ日参する。その熱意が通じたのか、ある日、安田が「そういえば、懐中電灯の売り先を、古い卓上日記かなんかに書いていたはずだ」と記憶を蘇らせた。


そこで安田と捜査員が一緒になって、まとめられたゴミを確認してまわったところ、卓上日記の紙片が10枚ほど発見されたのである。これを丹念に調べると、「T町 古賀 200円入り、×月×日」との鉛筆書きがあった。


安田はこれを見るなり、「犯人はこの古賀です。九分九厘間違いありません」と声を上げた。彼は続ける。


「M町の古賀仁さんが久しぶりに店に来て、懐中電灯を買っていき、その代金を×月×日に持ってきたんです。210円で売っているものを200円にまけてカネを受け取り、それを店員にメモさせたら、町名を聞き間違えてM町をT町と書いたんだ。いま思い出した」


安田によれば、このメモが入ったゴミ類は、明日にはカマドの焚き付けにして燃やしてしまうつもりだったという。まさに崖っぷちでの、大逆転ともいえる発見だったのである。


捜査本部では、まず古賀の身辺を丹念に洗った。


古賀はY町に店舗を借りて、住宅資材の販売業を営んでおり、1年前に結婚した妻と一緒に、スクーターで店に通っていた。


それまで古賀は、現場付近通行者として、2回の職務質問を受けていた。ただ、被害者の失踪当日夕方に、妻と一緒にスクーターで帰宅したというアリバイがあるとして、捜査線上からは外されていたのだった。


古賀の容疑はもはや決定的であると考えられたが、念には念を入れて、まずは本人の話を聞こうと、任意出頭を求めることにした。


H署に現れた古賀への事情聴取では、まず懐中電灯についての質問がなされている。そこでの彼の答えは、次の通りだ。


「×月×日(失踪当日)の夕方、K市内の安田自転車店で買ったが、帰りにすぐ落としてしまった」


そう口にすると古賀はうつむいて、それ以上は話そうとしない。だが、事情聴取と並行して、捜査員は古賀のアリバイについての〝ウラ取り〟を行っていた。

納得しなければ殺してしまおう

すると妻については、失踪当日は実家に戻っていたことが分かり、自宅にいた古賀の実母の話では、彼は遅い時間に酒を飲んで帰宅したとのことだった。

そうした〝ウラ取り〟の結果を、取調官が古賀にぶつけたところ、彼は「×月×日夜、××劇場で坂東由美と会った」とだけ漏らす。しかし、そこからはまた沈黙の時間が訪れた。だがそれも長くは続かない。


「…由美をスクーターに乗せて現場の小屋に行き、殺しました…」


やがて彼は静かに自供を始めたのである。そこに至って捜査本部は古賀を緊急逮捕し、本格的な取り調べが行われることになった。


古賀と由美は約1年前に知り合い、当初は月に2、3回映画を見る程度の関係だったが、3カ月くらい経つと、肉体関係を持つようになったという。


それから3カ月ほどして、由美は古賀に結婚して欲しいと持ちかけてきたが、うやむやにしているうちに、さらに3カ月ほど経つと、強硬に結婚を迫るようになってきたのだと語る。


「×月×日(失踪当日)に最後の返事をすると約束していたので、由美を小屋に連れていき、もし納得しなければ殺してしまおうと考えていました」


暗い山中であるため、古賀は事前に懐中電灯を購入し、由美とは映画を見てから小屋に向かっている。


「小屋に誘ったとき、『いい返事を聞かせてくれるなら行く』というので、期待させてスクーターに乗せました。小屋ではまず関係を持ち、それから返事を迫られたので、手をついて謝ると、周りに言い触らすと言われ、カーッとなって手で首を絞めてしまいました」


古賀は由美が息を吹き返しては困ると考え、ポケットに予め準備してあった腰ひもで、さらに首を絞めた。それから木片で顔面を乱打し、傍らにあった米ぬかを彼女の顔にかけ、小屋の窓から外に出て逃げていた。


「途中で懐中電灯の先を落としたのに気づいたので、本体を崖っぷちに投げ捨てました。そして小川で手足を洗い、その足で行きつけの小料理屋でコップ酒を飲み、Y町の店舗で着替えをして自宅に帰りました」


実は彼はその後、消防団員として、由美の死体発見後の、小屋の周辺捜索に参加していたのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。