『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房:加納愛子 本体価格1400円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

話し言葉の口調そのままを垂れ流して書けば自然体だとか、等身大(全盛期の江角マキコがよくそう形容された気が)などと評価されるとでも? そんな錯覚をしているのかと覚しき一部の書き手が目立つが、バカ丸出しなだけでまったく読むに堪えない。

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最近、唖然としたのは「何々というか(言い換えれば)」のはずの「ていうか」が、単なる接続詞的な、英語の表現でいう「WELL」に近い意味で会話の合間に連呼される形に変化したのはまだしも、とことん短縮の果て、遂に「てか」となった例。それを右も左も分からぬ10代の少年少女が日常語で乱発してしまうならともかく、50過ぎの女性作家が堂々と「てかさぁ、」と来るに及べば、さすがにその痛々しさ、無惨さ、知性のかけらのなさ加減は目を覆うばかり。その手の度し難き輩にこそ、本書を熟読玩味させたいもの。

一字一句を原稿用紙に刻んだかの匂いが漂う

卓抜な発想力を武器にコントも漫才も見事にこなし、女性芸人日本一を決める大会『THE W』で決勝進出も果たした若き実力派コンビ「Aマッソ」で指令塔役を務める著者。十中八九、ノートパソコンのキーを叩いて綴られた文章と察しつつも、どこか丁寧に削り揃えたHBの鉛筆を幾本か横に、一字一句を原稿用紙に刻んだかの匂いが漂う。手仕事の歯応えを確かに感じさせる初エッセイ集で、肌理細かい日本語が爽やか。

「『特定の誰か』に困った顔をさせないように、芸人という仕事が存在するのだ」と記し、コロナ禍の自粛で「肉体も精神も、自宅の中では緩み放題になってしまった。しかしこれは本物のくつろぎでないことを知っている」と舞台への渇望をさらりと書く毅然さは、誉め間違いかも知れぬが男前。巻末の短編小説「帰路酒」も、洒落た逸品の味わい。

(黒椿椿十郎/文芸評論家)