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六代目山口組・弘道会「誓いの盃」執行部集結で“最終戦略”密談!

六代目山口組・弘道会「誓いの盃」執行部集結で“最終戦略”密談!
六代目山口組・弘道会「誓いの盃」執行部集結で“最終戦略”密談! (C)週刊実話Web

六代目山口組(司忍組長)の納会が今年も行われると思われたが、見込まれていた12月13日までに動きはなく、特定抗争指定の規制に、慎重になっていることがうかがえた。しかし、そうした緊迫の状況下でも、中核組織である三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)が、盃儀式を執り行った。

大安吉日の12月10日、弘道会の執行部と一部地域の直系組長らが、三重県津市にある傘下事務所に集結。弘道会では、毎年この時期に新直参が正式に盃を受けるが、昨年は弘道会本部が使用制限の仮処分を受けたため使用できず、愛知県名古屋市内の直系本部で行われたのだった。

特定抗争指定によって名古屋市が警戒区域となり、その後もあま市、武豊町に拡大され、愛知県内の傘下事務所すべてが使用禁止となった。しかし、全国に直系組織があるだけに、今回、区域外に本部を構える十一代目紙谷一家(竹宇治友孝総長)で挙行。当日は三重県警だけでなく愛知県警も張り付き、防弾チョッキに拳銃を携帯した捜査員が警戒に当たった。

「この1週間前には、岡山県倉敷市で神戸山口組(井上邦雄組長)傘下の三代目熊本組(藤原健治組長=岡山)若頭の本部に弘道会系組員が押し入って、発砲事件を起こしとるからな。岡山、名古屋、昨年の五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)近くでの射殺事件でも、弘道会からヒットマンが出とる。警戒区域外なら組員が5人以上集まれるのは神戸山口組も同じやし、警察も不測の事態に備えとったんやろ」(ベテラン記者)

午前9時ごろ、白ネクタイに礼服姿の組員が多数、事務所に集まっており、松山猛統括委員長(十代目稲葉地一家総長)、中野寿城舎弟頭補佐(四代目山本組組長)が相次いで入り、野内正博若頭(野内組組長)も到着。マスク越しにも分かる険しい表情を浮かべ、武力行使を続ける弘道会の〝覚悟〟がうかがえた。

組員の出入りがほぼなくなり、事務所は静まり返っていたが、午前10時すぎ、野内若頭ら最高幹部や直系組長らが出迎えの態勢を整え、竹内会長を乗せた車両が、ガード車と共に駐車場に入った。盃儀式が始まり、若中の加藤英喜・加藤組組長の媒酌によって、1時間足らずで終了したのである。

「今年は森嶋弘道・森嶋興業組長と宮下聡・三代目竹内組組長が、弘道会直参に昇格したんや。2人とも竹内会長と親子の盃を交わしたようやで」(同)

「終結を急いでいるから年内の追撃もあり得る」

森嶋組長は六代目山口組直系の三代目倉本組で若頭を務めた実力者だったが、山口組が分裂した直後の平成27年10月、河内敏之組長の自死により、神戸山口組・二代目宅見組(入江禎組長=大阪中央)に参画し、若頭補佐に就いた。しかし、平成30年12月ごろに脱退し、昨年、弘道会傘下の稲葉地一家に移籍して相談役に就任していた。

宮下組長は、絆會(織田絆誠会長)の直参として金澤成樹若頭から竹内組を継承したが、移籍を巡るトラブルから今年9月、金澤若頭によって長野県で銃撃され、のちに正式に弘道会へ移籍。若手にもかかわらず直参に取り立てられた背景には、分裂直後から対立が続いていた長野県を、弘道会が制したという重要な意味を感じさせた。

盃儀式が終わると、事務所内では祝宴も行われ、正午すぎには竹内会長が帰途に就いた。列席者も続々と引き揚げていったのだが、野内若頭を含む最高幹部らはその後もとどまり、2時間を過ぎても出てくる気配がなかったのだ。

「熊本組若頭の本部での銃撃事件では、野内組に所属する組員2人が出頭して逮捕された。4年前の岡山射殺では三代目髙山組(南正毅組長)から、名古屋と山健組本部近くの射殺事件では稲葉地一家から実行犯が出た。すべて弘道会執行部メンバーの組織で、主要人物たちが長時間、顔を揃えたのならば、戦略会議が行われたとしてもおかしくない」(業界ジャーナリスト)

神戸山口組との分裂抗争は、髙山清司若頭の出所前後に激化し、戦局が一気に動いた。最終局面に突入したともいわれるが、現状は神戸山口組への揺さぶりとみられる攻撃が続いている。

「六代目山口組は、武力行使と切り崩しを並行し、中でも弘道会が活発に動き続けてきた。だが、すでに分裂から5年以上が経過。六代目側が目指す終結には至っておらず、神戸側は組織を存続させている。痺れを切らした弘道会が、さらなる強硬手段に出ることも考えられるのではないか」(同)

ある他団体幹部も、今後の動きをこう予想する。

「六代目側の攻撃が激しさを増したのは、終結を急いでいるからで年内の追撃もあり得る。今は束の間の静寂でしかないのかもしれん」

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