『昭和猟奇事件大捜査線』第11回「モテない男の“ひがみ”が動機なのか?山の中での連続殺人」~ノンフィクションライター・小野一光
「助けてくれ!」
午後8時30分頃、10代後半と思しき若い男がそううめくと、乾物屋の渡辺文彦さん(仮名、以下同)宅の玄関に飛び込んできた。
昭和30年代の梅雨時、埼玉県O市でのことだ。
声を聞いた渡辺さんが慌てて玄関先に行くと、男は背中を刺されたのか、シャツの後ろが血まみれになっている。うわごとのようにつぶやく男の言葉を聞き取った渡辺さんは、すぐに110番を入れた。
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「いま若い男が背中を刺されて、うちに飛び込んできた。男は、『山の中で女と一緒にいるところを、ドスを持った男にやられた。連れの女が殺されかかっているから助けてくれ』と言っている。場所は××山だそうだ。早く頼む」
通報を受けたO署の当直捜査員は、すぐに××山へと向かう。そこは繁華街から約1.5キロほど離れた小高い雑木林。近隣のアベックのデートスポットとして有名な場所だった。
懐中電灯を頼りに××山に捜索に入ったところ、やがて1組の捜査員が、腹部を血に染めてのけぞっている若い男を発見した。そばでうずくまるように寄り添っていた若い女が、捜査員を見ると駆け寄り、泣き喚きながら言う。
「さっき勇さんと一緒に土手道を歩いていたら、白い犬を連れた若い男が、××山の方から走ってきました。私たちを見つけて、『うまいことをやってるな。俺はこうでもしないと、女にもてないんだ』と言いながら、いきなり勇さんに突進してきたうえ、逃げて行きました。勇さんは顔をゆがめて男を追いかけましたが、何歩も行かないうちに、ヘタヘタと崩れ落ちるように倒れてしまったんです」
彼女が「勇さん」と呼ぶ男はO市内の大学生で、彼女とは親も認めた恋仲だということだった。瀕死の重傷を負っている彼を市内の病院へ運んだが、その途中でこと切れてしまう。
刃物でズタズタに切り裂かれた下着…
確かに被害者はいた。だが、渡辺さんの一報は、「女が殺されかかっている」というもの。ほかにも被害者がいる可能性が高いことから、××山での捜索が続けられた。すると、やがて山の中心部の草むらの陰で、仰向けに倒れている若い女の死体が発見される。
上半身はぐっしょりと血で染まり、薄物の派手なシャツはぴったりと体にくっついており、下半身は一糸まとわぬ裸だった。両足は思いきりはだけられており、上にハンカチがかけられた陰部には、乾いた土がなすりつけられている。
死体の足元近くにある灌木の枝には、被害者のものと思われる藤色のパンティーが、刃物でズタズタに切り裂かれた状態でひっかかっていた。
先ほどの「勇さん」こと山口勇さんが襲われた現場と、この若い女が死体で発見された場所は、2つの警察署の所轄にまたがっていた。そのためO署に、もうひとつの所轄署との合同捜査本部がすぐに設置される。
周辺の捜索を続ける一方で、まずは渡辺さん方に飛び込んで来た若い男の回復を待ち、死体で発見された女の身元を特定する必要があった。翌朝行われた事情聴取に、佐山康雄と名乗る若い男は言う。
「あの子は、俺たちの仲間でチカと呼ばれる女だけど、本名は知らない。チカに誘われて××山に行き、向こうがパンティーを脱いで誘ってきたのでヤリ始めていたら、頭の方でガサガサ音がして白っぽい犬が近づいてきた。そうしたら人影が現れて…。顔立ちはよく分からないけど、20歳前後くらいの、慎太郎刈りでやせ型、身長は高い方だった」
男は康雄に「ヨシ坊か?」と聞いてきたので、「違う」と答えると、「ほかにアベックを見なかったか?」と聞いてきたという。康雄が「あっちへ行ってくれ」と言うと、男は「構わねえから、もっとやれ」と、顔を近づけ、いきなり康雄の背中に刃物を突き立てたそうだ。そして、康雄の下で仰向けになっているチカに挑みかかったというのである。
「俺は、『置いていかないで』というチカの声を背中に聞きながら、恐ろしさのあまり、夢中でそこを抜け出した。あとはもう、分からなくなっていて…」
やがて、チカについては、捜索願が出されていた、A市の花村千佳という、10代半ばの少女であることが判明する。彼女は不特定多数の男性と関係を持っており、康雄とのことも、行きずりに関係したにすぎないことが明らかになる。
「3日ほどで辞めてもらいました」
現場には遺留品として、男物のサンダルが残されていたが、製造元は確認できたものの、小売店以降の販売ルートを特定することができない。また、両被害者の証言がともに、犯人の男が白っぽい犬を連れていたとの情報だったため、近隣市町村の飼い犬について調査したが、登録されているだけでも数百頭おり、非登録犬はさらに無数にいた。
ただし、犯人の男がサンダルを履き、白っぽい犬を連れているということから、現場近くに住んでいると考えられるため、その男が口にしていた「ヨシ坊」と呼ばれる、近隣居住者についての捜査が、行われることになった。
すると、近隣の自動車修理工場で、「ヨシ坊」と呼ばれる、19歳の青年が働いているとの情報を捜査員が集めてきた。
さっそくその「ヨシ坊」こと笹野義男に話を聞くと、友達の佐藤泰三という21歳の男が、白い犬を飼っているという。義男は話す。
「これまで何回か泰三くんに誘われて××山に行ったことがあり、『この辺は夜になるとアベックが大勢集まっておもしろいよ』と言われました」
この情報が捜査本部に上げられたのと時を同じくして、別の捜査員も佐藤という男が白い犬を連れて散歩し、アベックをからかっているとの情報を得てきた。
「佐藤は暗くなってから白い犬を連れてこの近所を散歩しており、現場から数百メートル離れた××高校の近くに住んでいるそうです」
そこで捜査員が佐野についての内偵を始めたところ、彼のかつての勤め先の店主が明かした。
「佐藤は高校を中退してから転々とした揚げ句、母親に連れられてきて、うちで働いてました。おとなしいイイ子だったけど、1年半くらいしたら東京へ出て行った。それで半年前に地元に戻ってきて、うちでまた働きたいと言ってきたんですけど、仕事は怠ける、睡眠薬などを飲むわで、3日ほどで辞めてもらいました。そういえば佐藤は刃物が好きで、短刀みたいなものをしょっちゅう持っていて、『夜寝るときも離さず、腹の上に乗せて寝ることにしている』と話していました」
同時に、あちこちから佐藤が刃渡り16~17センチの短刀を所持していることや、無許可で空気銃を所持しているとの情報が入ってきた。また別の捜査員は言う。
「聞き込みをすると、佐藤本人は犯行の夜について『O高校のグラウンドへ犬の散歩に出かけた』と話しているのですが、佐藤の母親はムキになって、『息子はその夜、外出してなかった』と周囲に話しています。なぜ母親が息子と違うことを言うのか分かりません」
集めた状況証拠を突き付け観念…
こうしたことから、佐藤に対する容疑は、早急に白黒つけるべきだとの意見が、捜査本部内に持ち上がった。そこで短刀ならびに空気銃の無許可所持に関しての逮捕状を取り、仕事に出かけようとする彼に任意同行を求めたのだった。
当初は黙秘をしていた佐藤だったが、まず、短刀や空気銃などの無許可所持について、捜査員が事前に集めた状況証拠を次々と突き付けると、すぐに観念した。やがてなし崩しに〝本件〟についても口にする。
「まだ悪いことをしている。自首しようと何度思ったかしれないが、たった一人になるお袋を思うと、どうしてもできなかった…」
佐藤によれば、第1現場での凶行後に逃走中、約80メートル離れた第2現場でアベックに会い、てっきり犯行を見られたと思い、第2の犯行に及んだのだという。
自供に対する裏付け捜査が行われ、まず佐藤家の天井裏から、凶器の短刀が発見された。さっそくルミノール反応検査が行われると、刃身は拭い取られていたが、つか口や鞘の内部から血液反応が出た。
また、遺留品のサンダルについても、友人が佐藤宅に忘れていったものを使用していたことが判明する。
さらに第1現場に残された被害者である千佳さんのパンティーについて、刃物で傷つけられた部位が佐藤の供述と一致。死体の陰部にかけられていたハンカチについても、佐藤は「死体の尻に敷いてあったものをかけた」と供述していたが、それは背中を刺された康雄さんのもので、千佳さんと関係する際に、彼女の尻に敷いたものだったとの裏付けが取れた。
こうした、犯人にしか分からない〝秘密の暴露〟はあったが、佐藤は、なぜここまで簡単に被害者に切りかかり、殺害したかという犯行動機については、ついに口にすることはなかった。
それを辿る手掛かりは、佐藤が第2現場で口にした「うまいことをやってるな。俺はこうでもしないと、女にもてないんだ」との言葉にあるのではないかと、捜査員は推測していたが、真相は彼の胸の内に留められたままだったのである。
小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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