※画像はイメージです (画像)yoshi0511 / shutterstock
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『昭和猟奇事件大捜査線』第10回「業火に包まれた美貌の妻と2人の子 殺ったのは誰だ!?」~ノンフィクションライター・小野一光

深夜の住宅街に消防車のサイレンが鳴り響く――。


昭和40年代のとある日、中部地方のT市にある商店の2階から上がった火は、瞬く間に住宅部分を焼き尽くした。消火された現場からは、店主の妻である大久保敦子さん(35=仮名、以下同)と、幼い2人の息子の遺体が発見される。


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敦子さんの死体には、手と足首を除いて、全身に子供の衣類、下着、布団、新聞紙、雑誌などが積み重ねたように被せてあり、取り除くと、普段着のまま仰向けになった姿が現れた。


彼女の首には白色ビニールの電気コードが幾重にも巻かれ、鼻から出血しているのが見てとれる。さらに捜査員が注目したのは、彼女の下着が膝まで下げられ、スカートがまくり上げられていたことだ。


事件性があることから、3人の死体はすぐに解剖に回され、敦子さんは絞頚による窒息死、2人の幼子は火災による焼死であると結論付けられた。


夫である大久保恭平さんは、火災発生時には旅行中で、彼によれば2階のロッカーに入れてあった手提げ金庫から、売上金など12万円くらいがなくなっているとのことだった。


強盗殺人の疑いが濃厚であるということで、すぐにT署には捜査本部が設置され、捜査班が結成された。その内訳は、足取り・聞き込み班が3個班、出入り班が1個班、検証班が1個班という編成である。


大久保家が営む商店には、2人の従業員がいた。2年前から働く21歳の草野光男と、1年前から働く18歳の山内徹である。


店主が不在時の事件だけに、従業員も重要人物として捜査される。そのため、彼らの動向については、よく観察する必要があった。


焼け跡の検証には店主の恭平さんが立ち会っていたが、事情聴取のために、途中から代わりに草野が立ち会うことになったときのことだ。その場にいた捜査本部の須藤係長は、草野の左目尻の下に、新しい小さな擦過傷があることに気付く。また、よく見ると両手の甲にも小さな赤い点々がある。

顔や手の傷についての異なった発言

草野は身長175センチくらいの、すらっとした細身。色白で、ぽってりとした女好きのする、おとなしそうな顔立ちだった。上目遣いで、時々須藤係長のほうを見ては、視線が合うと目を逸らす。

被害者の敦子さんは、前面からの絞殺であるとの判断が下されていた。当然、抵抗したと考えられることから、草野の顔や手の傷についても、いつできたものか聞いておく必要がある。


そこで須藤係長は、小声で同捜査班の鶴田主任に声をかけた。


「草野の顔と手の甲に傷があるようだ。おかしいから一度尋ねてみるが、君も様子をよく見ていてくれ」


そう言うと、須藤係長は草野に近づく。


「君もこんな事件でびっくりしただろうね。ところで、顔の傷はどうしたの?」


草野は目尻の下の傷を指差しながら、「ああ、この傷ですか…」と口にし、そこで一息入れると続ける。


「これは、ゆうべ9時から10時までバスケットの練習をしたんですけど、そのときに打ってしまったんですよ。僕は高校のOBたちの××というチームに入っていて、ゆうべは△△小学校で練習をしてました」


「バスケットではよく怪我をするの?」


「ええ、時々ぶつかって怪我をします」


「それは危ないねえ。気をつけてやらないと」


須藤係長はそこまで話すと、その場を離れた。やがて鶴田主任を裏に呼び出し、「どう思う?」と尋ねた。


「臭いですね。裏取りをしてみれば分かりますよ」


その夜、捜査本部での会議では草野の顔の傷について報告がなされ、その確認と裏取り捜査が行われることになった。


裏取り捜査に動いたのは出入り班である。その際、まったく別の捜査員が、草野に傷のことを尋ねたところ、「目の傷は、埃が入って擦りすぎたためにできた傷」と異なった発言をしていたことが明らかになる。


さらに同じバスケットボールチームのメンバーからは、以下の証言が取れていた。


「練習中に草野が怪我をしたことはない」


「顔に傷があったら気がつくし、本人も言うはずですが聞いてない。(練習後に)別れるまで雑談をしていたが、傷は見ていない」


こうした矛盾が現れたことから、草野についての捜査を強化するため、須藤係長が班長となり、専従捜査班が設けられた。


すると、草野が実父とバスケットの練習後に会うと話していたにもかかわらず、会っていないことを捜査員に隠していたことや、火災発生を知らされた彼が、少しも驚いた様子がなかったことなど、疑惑に繋がる情報が次々と集まってくる。

どうしても崩れないアリバイ

発生から1週間後、草野本人への事情聴取を行った際に、捜査員から「この事件で何か参考になることはないか」と問われた彼は、次のような話を口にした。

「実は僕の靴下2足がなくなっています。事件後、2日目になって気付いて調べてみたのですが、警察の人がいろいろ調べていたから、どこかに入り込んだと思って黙っていました」


現場検証の際、犯人の遺留品と見られる靴下1足を、2階の焼け跡で発見していたが、その情報は秘密にされていた。それなのに、捜査員に問われることなく、草野は自ら靴下について言及したのである。


なぜもっと早く言わなかったのか問われた草野は、しどろもどろに返す。


「それは…、靴下がなくなっているくらい、たいしたことではないし、あれだけの事件だから、重要なことではないと思って言いませんでした」


遺留品の靴下は、本人が話した衣料品店で、確かに彼に売られているものであることが確認されたが、どうしても犯行当日の、草野のアリバイを崩すことができない。


そこで捜査指揮を執る刑事部長と捜査第一課長は、「白い面からの捜査をしろ。草野に有利な面を捜査して、白い事実を集めてみろ」との指示を出した。つまり、これまでとは逆に、草野が犯行に関わっていない証拠を捜してみて、それが見つかるかどうかで、犯行への関与の有無を判断しろというわけである。


しかし、周辺を捜査しても、「草野はおとなしい男だから、そんな事件はしないと思う」や、「犯人が事件後もその店に勤められるとは思わない」といった程度の話が出るだけで、決定的に白であるとの情報はない。


草野は当日の自身の行動について、次のように説明していた。


「当夜、午後11時頃にアパートに帰り、使用した自動車をアパートの前に置いたが、そのとき自動車が2台停めてあった。自分はその後ろに駐車して部屋に入った。そのあとテレビをつけて『××』(番組名)を見て、11時50分頃に寝た」


だが、捜査をすると、2台の車の持ち主は、それぞれ草野の証言とは異なる話をした。1台の所有者は11時20分頃に帰宅したが、そのとき車は1台もなく、もう1台の所有者は11時30分頃に帰宅するも草野の車はなく、その後、12時頃に寝るまでに、草野の部屋の出入りは一切なかったというのである。

刑が恐ろしかったから言えませんでした…

再度、草野に任意出頭を求めたところ、そこで彼は口をすべらせた。

「バスケットの帰りに店に寄ったが、(大久保家の)奥さんに遅いといって注意され、アパートに帰りました」


捜査員がこれまでの話と違うと彼を追及すると、草野は焦ってさらに言う。


「本当は帰りに店に寄ってテレビを見ました。風呂に入るつもりでしたが、手足を洗っただけでラーメンをごちそうになったりして、12時15分頃アパートに帰りました。でも、私はなにもしていません。奥さんたちは、僕が帰るとき寝床に入っておられました」


焼けた現場にはラーメンの丼が残されていた。さらに大久保家の隣人は、当夜12時近くに男の声があったと証言している。こうしたことも後押しして、草野に対する逮捕状が出された。


「全部正直に言ってしまえば、私の罪が決まります。刑が恐ろしかったから言えませんでした…」


泣きながら明かした犯行の全容は、捜査員も呆れるほどに馬鹿げた動機だった。


同年配の友人から「女と関係したこともないのか」とからかわれた草野は、店主の恭平さんが旅行に行くことを知り、以前から気になっていた妻の敦子さんに言い寄ろうと計画した。


当日の夜11時頃に店に寄った草野は、敦子さんにラーメンをごちそうになり、テレビを見て時間を潰した。やがて子供が寝たのを見計らって、おもむろに彼女に襲いかかったのである。


スカートの中に手を入れ、無理やり下着を脱がせようとしたが、突然のことに彼女は激しく抵抗し、大声で「やめて。お父さんに言うよ」と口にした。


それが草野の殺意に火をつける。物を投げつけて逃げ回る敦子さんを畳の上に引き倒し、馬乗りになると、近くにあった電気コードで、彼女の首を絞めたのだ。


やがて我に返ったが、時すでに遅し。物盗りの犯行に見せかけようと、金庫から現金を盗むと、衣類や紙などを室内にまき散らし、火をつけて逃げたのだった。


その結果、3人が死亡する強盗殺人という、大事件になってしまったのである。
小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。