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『昭和猟奇事件大捜査線』第8回「女性陵辱殺人で次々に容疑者が浮上…弄ばれたOLの亡骸」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです (画像)Jasper Suijten / shutterstock

「うわーっ!」

昭和30年代の春先。福岡県O市にあるため池で、同級生の友人2人とフナ釣りをしていた中学生の楢山正太君(仮名、以下同)が突然、叫び声を上げた。

友人が驚いて駆け寄ると、正太君が口をぱくぱくさせながら、目の前の池を指差している。そこには、仰向けの姿勢で水中に沈んでいる、女性と思しき死体があった。

3人は釣り上げたフナをそのままにして、自転車で近くの駐在所に駆け込む。そこで巡査が、彼らとともに現場に行って状況を確認。すぐにO署に報告を入れたのだった。

事件である可能性が高いため、O署からは刑事課長以下、捜査員が現場に急行する。池から引き揚げられた死体は若い女性で、ツーピースのスカートにセーターという姿で、身に付けたブラジャーに異常は見られなかったが、パンティーの前部3分の2が鋭利な刃物で切り取られ、わずか3分の1が臀部に残されていたのみであり、他殺の疑いを持つには十分な状況だった。

また、県警本部鑑識課員の手で行われた鑑定によれば、被害者の左側部の下着に4本、右臀部に1本、左鼠径部に2本の陰毛が発見され、それは被害者のものとは異なるものだった。

やがて被害者の身元が明らかになる。死体発見の5日前、現場の近くに住む黒田春子さん(43)から、「娘の洋子(20)が、4日前の朝に勤めに出たまま帰って来ない」ということで、捜索願が出されていたのだ。死体は駆け付けた家族によって、洋子さん本人であることが確認された。

O市内の会社で事務員の仕事をしている洋子さんは、仕事を終えると職場の同僚2人と、市民会館で行われた歌謡ショーを見に出かけ、午後10時すぎに同僚と別れている。そして最終のバスに1人で乗る姿が目撃されていた。彼女がバスを降りたのは終点のF町停留所で、以後の足取りが確認されていなかった。

バス終点付近に3人の若い男

また、洋子さんの親族によって、彼女が行方不明当日に所持していた物品のうち、短靴、帽子、弁当箱、風呂敷、紙製買い物袋(化粧品、手帳、定期券在中)と、現金約500円がなくなっていることが判明した。

O署に開設された捜査本部は、以下の事項について捜査する方針を立てている。

〇被疑者、被害者の足取り関係
〇被害者の家族、交友関係
〇現場付近の居住者(入院患者、犯行前後の外出者、転出者、行方不明者など)
〇前科者、変質者などの洗い出し
〇被害金品の捜査
〇類似事件の検討

洋子さんの性格は明朗快活で人馴れするタイプであり、異性の友人が多かった。そのため行動を確認する必要のある人物も多く、捜査には多くの時間を要した。

また、現場付近での聞き込みにおいても、次のような話が出てくる。46歳の主婦である湊さよ子さんは、地取り捜査の捜査員に話す。

「その日の最終バスで帰宅しました。終点では7、8人が下車しています。私が北側の十字路を左折するとき、後ろを若い娘さんが歩いていました。それで十字路の近くに、3人くらいの若い男が立っているんです。不良高校生のような感じでした。で、後ろで、『あんたもこっちに行くとですか?』と声がしたんですね。私が振り返ると、娘さんは一瞬ぎくっとしたようでしたが、『はい』と答えて、足早に十字路を横切り、真っすぐ行ってしまいました。その晩、16歳の娘の美奈も同じ場所で3人組の姿を見ていて、あの男たちが怪しいと話していました」

実は、さよ子さんの夫である湊謙一(48)は、実娘の美奈さんを強引に姦淫したとの事情を、警察は把握していた。そのことが原因で家出した美奈さんを連れ戻し、スパナで殴り付け、頭髪をハサミで切るなど、全治1カ月の傷害を加えたとして、O署が逮捕状を得ていたのである。それを察知した謙一が、行方をくらませている最中のことだ。

洋子さんの死体発見について認知していたさよ子さんは、捜査員が娘の件だけでなく、洋子さん事件で謙一を逮捕に来たのではと疑った節があり、夫の容疑を逸らそうとして、3人組の男の話をでっちあげた可能性があった。そのため捜査員は、3人組の存在についても、裏付けを取る必要が生じたのである。

重要参考人を詐欺容疑で逮捕

そうしたなか、捜査員が近隣の住宅に住んでいる建具職人の安岡一馬(25)が、洋子さんが行方不明となった日の前日から所在不明となっているとの情報を得てきた。内偵捜査をしてみると、その直前までO市内の木工所で働いていた安岡は、大工道具一式と自転車、作業着などを職場に置いたまま、所在が分からなくなっていることが判明した。しかも彼には病を抱えた妻と幼子がおり、そのような状況で行方をくらましたことに捜査員は注目する。

安岡には非行歴がないことから、事件への関与については不明だったが、念のため、洋子さんが行方不明になる前後に姿をくらました男として、重要参考人の1人とされた。

やがて安岡についての調べを進めていくと、彼が短靴の月賦詐欺を行っていたことが明るみになる。そのため詐欺容疑での逮捕状を取り、公開手配が行われた。

他にも捜査線上に挙げられた重要参考人は数人いたが、捜査の進展に伴って、容疑はシロに変わっていた。だが安岡については、グレーという状態が続く。

そんな折、O市内の建具業者から、1カ月前に安岡とF市内の路上で偶然会った、との情報が寄せられた。

「安岡の潜伏先はF市内に違いない。その周辺で日雇い労働者を雇っている業者を中心に当たるんだ」

そこで新たに、F市内の業者を当たる捜査班が結成されることになった。業者の中には警察を毛嫌いして非協力的なところもあったが、捜査員は粘り強く通うなどして、徐々に信頼を構築していく。

すると、ある土木業者が、安岡が本名で働いていたことを明かし、現在は東京都内の建設会社の現場で土木工事をしているらしい、との情報提供をしてきた。

そこで警視庁に捜査協力を求め、K町の現場で働く安岡を発見。逮捕状を得ていた詐欺容疑で逮捕したのである。死体発見から4カ月後のことだった。

身柄を捜査本部があるO署に移された安岡だったが、彼の所持品の中にあった手帳に、興味深い記述があることに捜査員が気付く。

そこには〈強盗殺人〉や〈今日は出ない、明日〉などと鉛筆書きがあり、それを消しゴムで消した跡が判読できるのだ。さらには〈人殺〉や〈一家心中?〉と書いては消した跡もあり、妻子の名前なども書き連ねている。これを見た捜査員は、彼の殺人への関与の疑いを強めたのだった。

そして捜査員の予想通り、安岡はその日の午後からの本格的な取り調べに対し、同夜のうちに犯行の一切を自供したのである。

理性のタガが外れ襲いかかる

妻が病気で入院し、子供を妻の実家に預けることになった安岡は、久しぶりに子どもと会ったことで、翌日の勤務を無断欠勤してしまう。それが職場復帰への敷居を高くしたと語る。彼は仕事には行かず、映画などを見ては気晴らしをする日々を送るようになった。

犯行当日、映画を見て最終バスに乗り、帰宅しようとしていた安岡は、車内で洋子さんを見かける。妻が入院したことで、8カ月以上の禁欲生活を送っていた彼は、彼女の姿に欲情の火がついたと明かす。

終点の停留所で降りた安岡は、洋子さんの前を歩いていたが、偶然彼女だけが同じ道を歩いてくる。周囲には誰もいない道にさしかかったところで、彼の理性のタガが外れたのだ。

おもむろに振り返ると、後ろを歩く洋子さんに襲いかかったのである。必死で抵抗する洋子さんを押さえ付けて、2人は道路脇の田んぼに転落。そこで暴れる彼女の首を絞める手に力が入り、やがて相手がぐったりとしてから、我に返ったのであった。

ああ、やってしまった…。

そう考えるも後の祭り。安岡は罪の恐ろしさに慄き、当初の目的である暴行のことを忘れ、死体をどう始末するか考えた。その結果、近くのため池に投げ入れ、それを隠すため上に稲わらを積んだのである。

現場にあった洋子さんの私物を持ち帰った安岡だったが、どこかに捨てなければと不安な気持ちで2、3日は新聞を見るが、死体発見のことは出ない。そこで家を出て、洋子さんの私物を、竹やぶや草むらに隠すように捨てている。

さらに死体が発見されないことから、安岡の胸のうちに、鬼畜の欲情が芽生えていた。あのときは恐ろしくてイタズラできなかったが、いまならば…。

ため池に舞い戻った安岡は、洋子さんの死体が稲わらの下にあることを確認すると、淵に引き寄せた。そして、上着を胸まで、スカートを腹の上まで引き上げる。パンティーを脱がせようとしたが、ガスと水で膨らんだ死体のそれを脱がせられない。そこで彼は、持っていたカミソリを使ってパンティーの前面を切り取り、死体を弄んだのである。

やがてF市に出て、建設現場に潜伏した安岡は、洋子さんの死体が発見されたことを知り、少しでも遠くへということで、東京の現場に移動していたのだった。

小野一光(おの・いっこう)福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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