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六代目山口組「血の戦略」ついに“本丸攻め”発令か

(C)週刊実話Web 

六代目山口組(司忍組長)の抗争終結に向けた次なる戦略が浮き彫りとなった。

「神戸山口組(井上邦雄組長)の最高幹部に対して、警告の意味を込めた攻撃が続いとった。井上組長へのプレッシャーでもあったようやが、水面下では別の攻撃も加えられとったんが分かったんや」(ベテラン記者)

昨年3月、神戸側・寺岡修若頭の俠友会傘下だった兵庫県西宮市にある元組事務所で、発砲事件が発生。建物のシャッター部分から、複数の弾痕が見つかった。

建物はすでに組事務所ではなく、企業の社員寮として使われていたが、のちに六代目側・二代目兼一会(植野雄仁会長=大阪中央)の最高幹部らが逮捕、起訴され、分裂抗争に関わる対立事件との見方が強まった。

昨年12月には、徳島県にある寺岡若頭の関係先でも発砲事件が起き、緊張が高まった。追い打ちを掛けるように、今年3月にも徳島県の別の関係先付近で、トラックが突っ込む事件が発生。秋良連合会(秋良東力会長=大阪浪速)傘下組員が出頭し、逮捕されていた。

その2日後には、独立組織として活動する池田組(池田孝志組長=岡山)若頭の愛媛県にある拠点にも乗用車が突っ込み、愛媛県警が別の秋良連合会系組員を逮捕。いずれの事件もケガ人はいなかったが、分裂終結を目指す六代目側の攻勢が強まっていることを感じさせたのだ。

「寺岡若頭の関係先周辺で起きたトラック特攻と、池田組若頭の拠点への車両特攻事件では、いずれも秋良連合会の組員が逮捕されとるが、実は攻撃先はここだけやなかったようや」(同)

というのも、4月12日、器物損壊などの容疑で、別の秋良連合会系組員らが兵庫県警に逮捕されたからだ。

「兵庫県内にある飲食店で起きた事件やったが、単なるトラブルが要因やないみたいやで。組織関係者の間では、この逮捕の一報とともに、被害者側として井上組長の名前も囁かれたからや。どうも、被害に遭った店は、少なからず井上組長と関係のあるところやったらしいで。この事件以前に、秋良連合会の組員が徳島県や愛媛県で、立て続けに逮捕されとるところを見ると、今回の犯行の意図も自ずとうかがえるやろ」(同)

寺岡若頭の周辺に相次いで〝攻撃〟が加えられた上、井上組長にも無縁ではない場所で事件が起きた背景には、六代目山口組の戦略が見え隠れするという。

「これまで、神戸山口組の若頭補佐や『幹部』に直接的な危害が加えられてきた。六代目側は段階を踏んで、寺岡若頭という井上組長の〝右腕〟にプレッシャーを掛け始めていた。それが、ここにきて井上組長の周辺でも不穏な事件が発生していたことが、表沙汰になった。六代目側が〝本丸攻め〟に打って出る可能性も否定できない」(業界ジャーナリスト)

井上組長が九州“トップ会談”

分裂抗争が勃発して以後、井上組長に対する〝警告〟としては平成29年6月、兵庫県内にある別宅への発砲事件が挙げられる。

当時、井上組長は勾留中でケガ人も出なかったが、逮捕、起訴された四代目倉本組(津田力組長=和歌山)系組長らの1人は、「神戸山口組トップの別宅で音を鳴らすことに意味があった」と公判で証言。

また、古川恵一幹部を射殺した二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)の朝比奈久徳(本名・安東久徳)元組員も、犯行前に神戸側直参のみならず井上組長の襲撃も視野に入れていたことを法廷で明かしている。

「実際に、井上組長に直接的な危害が及んだことはない。それだけ警備を厳重にしとって、外出も最低限にとどめとるんやろ。せやから、六代目側も周辺を狙ってきたんやないか」(関西の組織関係者)

ところが、4月5日には井上組長が寺岡若頭と共に、兵庫県から九州に上陸していたことが判明したのだ。

九州上陸の目的は、今、業界内でその動向が最も注目されている道仁会・小林哲治会長(福岡)との〝会合〟だったという。

「寺岡若頭も同行し、三代目俠道会の池澤望総裁(広島)と五代目浅野組・中岡豊総裁(岡山)も参加したと聞いている」(他団体幹部)

寺岡若頭は3月23日にも、小林会長のもとを訪問し、池澤総裁、中岡総裁の4人による〝会合〟が行われた。俠道会と浅野組は、神戸山口組寄りの組織であるだけに、当初、顔を合わせた目的は山口組の分裂に関する何らかの話し合いではないかと囁かれた。

しかし、組織同士の交流ではなく、あくまで個人的な接触であり、プライベートなことに関する近況報告に終始したようだ。

「今回、井上組長が九州に出向いたのも、実は初めてではないようだ。小林会長は業界の平和と安定のため、これまでにも他団体間でトラブルが起きた際には、仲裁役として立ってきた実績がある。山口組の分裂問題という非常事態下においても、神戸側と個人的な接触を続けることで、業界の安定に向けた具体策を模索しているんじゃないか」(同)

井上組長の移動には、危険が付きまとう。そのリスクを承知の上で出向いたのだから、神戸側にも何らかの意図があったとみられる。

「そういう見方もされるだろうが、実際にはどうだろうか…。親しい関係にある池澤総裁や中岡総裁も参加しているから、あくまでもプライベートの域を出ないと思うが」(同)

五代目山健組・池田真吾舎弟が急逝

一方、六代目山口組では中田浩司幹部率いる五代目山健組(兵庫神戸)内で、急な訃報があった。4月14日、山健組の池田真吾舎弟が死去したのだ。

「1週間ほど前に体調不良を訴えて入院しとったんやが、未明に亡くなったそうや。まだ62歳やった…」(関西の組織関係者)

15日、神戸市内の斎場で通夜が営まれ、山健組から多くの直系組長が参列。斎場は特定抗争指定の警戒区域内にあり、組員5人以上が集まれないため、直系組長らは少人数で時間をずらしながら訪れた。

慶弔委員長の中西章泰幹部が、出入り口前で出迎えと案内役を務め、午後3時すぎに〝分散弔問〟が始まった。水田忠好若頭補佐、中村啓一若頭補佐、木本陸郎若頭補佐といった最高幹部らが姿を現し、その中には3月に出所したばかりの香西一寿・香西組組長の姿もあった。さらに、午後5時すぎには物部浩久若頭が到着し、通夜が始まった。

「通夜には物部若頭、松森治若頭補佐、蜜岡伸貞若頭補佐、中西幹部の4人が参列しとった。物部若頭たちが引き揚げたあとには、福富均舎弟頭も弔問に訪れとったで」(地元記者)

池田舎弟は三代目山健組(桑田兼吉組長)時代からの古参で、四代目山健組でも若中を務めたのち「幹部」に昇格。長年にわたって山健組の慶弔委員長を務め、退任して舎弟に直って以降も、組織を支え続けてきた。

翌16日には葬儀・告別式が営まれ、物部若頭ら4人が参列。池田舎弟との最期の別れを惜しんだ。

地元の兵庫県警は、両日とも十数人の捜査員を斎場周辺に配置して警戒。多くの捜査員が防弾チョッキを着用して拳銃を携帯しており、悲しみに暮れる直系組長らとは対照的に、物々しい雰囲気を漂わせていた。

「池田舎弟が慶弔委員長やった頃、墓参の場では墓前に花を供えたり、テキパキ動いとった。穏やかな人柄やったけど、山健組が神戸山口組からの脱退を決めた会合のときは、険しい表情やったのを覚えとる。六代目山口組に戻ったのも見届けとるし、山健組に生涯を捧げた直系組長やったんは間違いないで」(同)

また、警察当局との攻防戦も激化。訃報と同日には、別の直系組織の最高幹部が逮捕されている。

「14日に二代目旭導会(川合彰典会長=北海道)の若頭ら3人を、北海道警が暴排条例違反の疑いで逮捕しました。若頭の組事務所が規制対象となる場所に開設されたため、道警は内偵を進めていたようです。この建物は、以前から若頭の先代が組事務所として使用していましたが、代替わりしたため道警は『新規開設』と見なしたのでしょう」(全国紙社会部記者)

組織への締め付けを強める警察当局の思惑もあり、六代目山口組の「敵」は神戸山口組だけではないといえそうだ。

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