エンタメ

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』/5月6日(金)より全国ロードショー〜やくみつる☆シネマ小言主義

9232-2437 Québec Inc-Parallel Films (Salinger) Dac Ⓒ2020 All rights reserved

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』
監督・脚本/フィリップ・ファラルドー
出演/マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオールほか
配給/ビターズ・エンド

1990年代のニューヨークで、作家志望の女子が老舗出版エージェンシーで編集助手として働きながら、自分が本当にやりたいことを見つけていく「自分探しムービー」。何か大きな事件が起きるわけでもなく、一見地味に思える青春のひとコマに、自分がここまで感情移入して「上作を観た!」と思えるのは、これが出版に関わる映画だからかもしれません。

今や、90年代とは比べようもないほど本や雑誌などの紙媒体は隅に追いやられ、ネットが幅を利かせています。昨今のネット上の書き込みなどを読むにつけ、その文章に物足りなさを感じてしまうのは、上質な文章に憧れ、自分の文章力をもっと高めたいという葛藤を常々抱えているからかもしれません。『週刊実話』の読者の皆さんもまた、雑誌を買って読んでおられるということは、出版に関わる本作に共感する部分があるのではないかと思います。

さて、主人公のジョアンナは、勤務する出版エージェンシーで、アメリカを代表する作家サリンジャーの担当になります。ジョアンナはサリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』も読んでおらず、一定の距離間を保って仕事をしているつもりが、偶然電話で話した作家本人の言葉に導かれるように、自分自身を見つめ直していきます。

自身の経験ともリンクしてしまう

自分も最近、自分の半分くらいの年齢の女性編集者に担当してもらったことを、本作を観て思い出しました。事務的な連絡メールが続く中、ある時、シニカルなギャグを一言、返してきたことがありました。いつもは生真面目そうな彼女の、面白い一面を垣間見た気がしました。この映画のように、なぜ編集の仕事をしているのか、どんな夢を持っているのかなんて話したことすらないのですが、お互いに書籍に関わる仕事をする者同士、ふと内面を見せ合う瞬間だったように思います。

ところで、自分は連載の締め切りに追われる漫画家生活から、いつしか電波媒体に移ってどちらが本業か分からない時代が長く続いたのですが、60歳を前にパタパタと終了し、今、再び書き仕事中心の生活になりました。

やはり、自分には紙媒体が居心地よいのだなと改めて感じています。折しも、長年温めていた書き下ろしの単行本の仕事がこの春から始まります。この映画のように、妙齢の女性編集者が担当だったらいいのですが、そうもいかない。察してくれないかなぁと思っています(笑)。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

あわせて読みたい