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神戸山口組が直参増員!体制強化で判明した井上邦雄組長の“極秘計画”

(C)週刊実話Web 

六代目山口組(司忍組長)との対立が続く神戸山口組(井上邦雄組長)に、新たな動きがあった。

3月29日、井上組長出席のもと秘密裏に定例会が開かれ、直系組長らの前で新直参の発表が行われたのだ。

「これまでに寺岡修若頭の俠友会の最高幹部や、山健組元直参たちが昇格して増員されてきたが、今回は内部昇格やなかった。分裂抗争は最終段階に入ったといわれながらも、当の神戸側は存続を掲げとる上に直参増員を図ったわけやから、臨戦態勢を崩しておらず今も構えとるいうことやな」(ベテラン記者)

この新人事発表は業界内にも漏れ伝わってきたが、当初、詳細は不透明だった。神戸側が警戒を強めている表れであり、警察当局も情報収集に奔走したという。

「北陸地方に拠点を置く人物いうことと、名字だけが先に聞こえてきたんや。神戸側は、分裂前に引退した親分たちを引き入れたりもしとったから、今回もそういう類いの参画かと思うた。けど、そうやなく意外な人物やったんや」(同)

新たに参画した人物の詳細が明らかになると、組織関係者からも驚きの声が上がった。なぜならば、山口組分裂の渦中に神戸山口組傘下で現役復帰し、五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)の離脱によって、再び組織を離れていた人物だったからだ。

「今回、神戸側に加入したんは、山健組で舎弟を務めとった竹本均・百八竜会会長(石川)やった。まだ山健組が神戸傘下だったときに、中田組長から盃を受けて渡世に復帰して、山健組が脱退した際にはついていかず、〝残留派〟にも付かんかったんや」(同)

竹本会長が、神戸側に参画した意味は大きいという。

「竹本会長が渡世を離れる前に率いていた三代目宮原組は、もともと初代が三代目山口組(田岡一雄組長)時代の直系組織内で、勢力を誇っていたところだった。歴史のある組織だけに、神戸側に参画したことは影響が大きいとみている。神戸側にとっても、組織の健在ぶりをアピールする狙いがあったのかもしれない」(業界ジャーナリスト)

法要当日に盃儀式を決行

竹本会長が率いた宮原組は宮原省冶初代が興し、三代目山口組・菅谷組(菅谷政雄組長)傘下で、〝北陸の帝王〟と呼ばれた川内弘組長の福井県にある初代川内組では有力組織だった。しかし、昭和52年に川内組長が射殺されると川内組が四分五裂となり、宮原組は山口組直系の大組織・加茂田組(加茂田重政組長)に移籍した。山一抗争が勃発すると加茂田組は一和会(山本広会長)に参画するが、のちに解散。宮原組は中西組に加入する。

その宮原組の二代目を務めたのが、現在の六代目山口組直系組織・二代目中西組を率いる布川晧二組長(大阪中央)であり、平成15年、布川組長が五代目山口組(渡辺芳則組長)体制で中西組二代目を継承したのに伴い、竹本会長が宮原組三代目を継承。上部団体である中西組では、最高幹部を務めた経験もある。

竹本会長は活動を続けたのち、いったんは渡世を離れたが、令和元年11月、山口組分裂の渦中で電撃的に復帰を果たした。百八竜会を旗揚げし、当時、神戸山口組の中核組織だった山健組に加入。中田組長から舎弟盃を受けて、神戸山口組の一員となったのだった。

「山健組は、平成30年に井上組長から中田組長の五代目体制になった。六代目山口組・髙山清司若頭の出所を控えた翌年には、対立事件が相次いで起き、山健組の組員2人が命を落としとる。竹本会長が中田組長から盃を受けたのは、ちょうどその組員たちの四十九日法要が営まれた11月26日やった。大安でもなかったし、儀式も限られた人数で執り行ったそうやから、六代目山口組への報復に向けた動きとも囁かれたんや」(前出・ベテラン記者)

ところが、盃を受けた約1年後、山健組が神戸山口組を脱退。離脱が決定的となった〝決起集会〟に、竹本会長の姿はなかった。

「山健組で現役復帰を果たしただけに、竹本会長にしてみれば神戸側からの脱退には複雑な思いがあったんやないか。その後、〝残留派〟にも名前が挙がらんかったしな」(同)

山健組は一昨年7月に離脱して、昨年9月には六代目側に復帰した。その間、どちらにも属さなかった竹本会長が、突如、神戸側への参画を決めた背景には、いったい何があったのか。

「推測にしかすぎないが、竹本会長にとっては神戸側への思いのほうが強かったのではないか。だからこそ、六代目側優勢といわれる中にあっても、井上組長の方針に賛同したと思われる。今後、神戸側の動きがどう変わってくるのか、当局も注視しているはずだ」(前出・業界ジャーナリスト)

また、竹本会長の参画に際し、神戸山口組内でも変化が見られたという。

「普通なら決定事項として発表されるんだが、今回はまず直系組長たちに打診があったらしい。了承を得た上での加入であり、神戸側がトップダウンで決定しなかったことが分かる。これは、団結強化にも繋がる話で、井上組長が各直系組長の意見に耳を傾けている証拠といえる。分裂戦に向けて、これからも体制強化を続けていく方針なのは間違いない」(他団体幹部)

本誌取材班が初めて竹本会長の現役復帰後の姿を確認したのは、令和元年12月に行われた山健組「納会」の場だった。他の直参よりもひと際、険しい表情を浮かべて会場入りし、ただならぬ雰囲気を漂わせていたのが印象に残った。

現在、神戸山口組の執行部は、入江禎副組長(二代目宅見組組長=大阪中央)、寺岡若頭、宮下和美舎弟頭補佐(二代目西脇組組長=兵庫神戸)、青木和重副本部長(五龍会会長=北海道)、藤田恭道若頭補佐(二代目英組組長=大阪西淀川)、仲村石松若頭補佐(三代目古川組組長=兵庫尼崎)、大瀧一門若頭補佐(徳誠会会長=茨城)の7人で、竹本会長の参画によって直参15人体制となった。

寺岡若頭と他団体トップが会合

人事の他に表立った動きとして確認されてきたのが、他団体との〝接触〟だ。

「昨年、寺岡若頭が道仁会の小林哲治会長(福岡)と複数回、顔を合わせてきたが、直近では3月23日、寺岡若頭に加えて五代目浅野組の中岡豊総裁(岡山)、三代目俠道会の池澤望総裁(広島)も道仁会が拠点を置く久留米市を訪れたそうだ」(他団体関係者)

浅野組も俠道会も神戸山口組と親交の深い組織であり、分裂問題が佳境に入った今、このメンバーでの会合には何かしらの意図があると思われた。

「いや、そんな生々しい雰囲気ではなかったと聞く。組織間の交流ではなく、あくまで個人的なものだそうだから、プライベートな近況報告が目的だったんじゃないか。小林会長の人脈は多方面にわたるからね」(同)

実際、4人が顔を合わせたのちにも、分裂問題に関する事柄は漏れ聞こえてこない。今回の会合は個人間での接触であったことがうかがえ、神戸山口組としても六代目山口組への対立姿勢を変えていないようだ。

「神戸側では直系組長の引退や組織の離脱が相次いだが、竹本会長が改めて参画して直参に就いたことにより、士気向上が図られた。これまで報復をよしとしてこなかったが、組織を存続させるだけの体力はまだまだ十分にあるということだ。体制固めを続けていけば、六代目側の攻撃にも耐えられる。体力温存こそが、神戸側の秘策といえるのではないか」(前出・業界ジャーナリスト)

ただ、直系組長だった古川恵一幹部が射殺されて以降、古川組を継承していた仲村若頭補佐が銃撃される事件が起き、神戸直参への攻撃が顕著となった。

古川組本部に対しては、昨年12月に使用差し止めの仮処分を神戸地裁が決定していたが、今年3月25日に民間の不動産業者との売買契約が成立したと尼崎市が発表。近く、組事務所の解体工事が始まる見通しだ。

「兵庫県内では、分裂当初に神戸山口組本部だった俠友会の組事務所も、使用差し止めが決定したのち淡路市が買い取る方針を示し、実質的に組織の手を離れとる。特定抗争指定の警戒区域内では集まれないから、神戸側の会合には組事務所が使われず、活動が不透明になりつつあるで。拠点を奪うことはマフィア化を招きかねん」(地元記者)

マフィア化が進めば、六代目山口組の攻撃のみならず、警察当局の監視をも避けられる。これが、神戸山口組の本当の狙いだとすれば、分裂抗争はさらに混迷の度合いを深めていく――。

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