全日本プロレスと新日本プロレスの両団体で、長きにわたり多くのプロレスファンに愛されたスタン・ハンセンは、常に全力ファイトを心がけ、本当に体が動かなくなるまで戦い続けた。そのせいで引退試合ができず、セレモニーのみが行われたと言われる。
レスラーの名言として今に伝えられる言葉であっても、実際に本人が語っていたとは限らない。ライブ映像で残っているもの以外は、大なり小なりの脚色が入っていると言っても構わないだろう。
例えば試合後の会見記事。今はスマホで簡単に録音できるが、かつて記者自身がメモをしていたような時代は、レスラーの滑舌が悪かったりしてはっきり聞き取れないことも多かった。
興奮状態のレスラーだと、そもそも何を言っているか分からないこともあり、そういう場合は取材に当たった各社の記者たちが相談して、「こんな話をしていたことにしよう」と、勝手に興味を引くようなコメントをつくっていた。
劇画『プロレススーパースター列伝』などは、そのほとんどが原作者・梶原一騎の創作だったとまで言われている。
ハンセンが入場時に叫んでいた「ウィー」、実は…
同作で描かれたスタン・ハンセンは、若手時代のエピソードの中で「涙のしょっぱい味つけでパンを食った人間でなければ、本当の人生に対するファイトはわかない!」と語っているが、これはおそらくドイツの詩人ゲーテの言葉「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味は分からない」から転用したものに違いない。
同じくハンセンの名言として知られるのが「悲しいことがあったらロング・ホーンをつくって空に向かって〝ウィー!〟と叫べ。必ず勇気がわいてくる」であるが、これもやはりハンセン自身の言葉とは考え難い。
ハンセンが入場時やフィニッシュ直前にロング・ホーンを掲げて叫んでいた言葉が、実は「ウィー」ではなく「ユース」だったというのは、後年に本人が語っているところで、それならばここでも「ユース」となるはずだ。つまり、この言葉もまた、まったくの創作と考えられるのだ。
ちなみに「ユース」というのはハンセンの来日当初、他の主力選手が自分よりも年上だったことから「Youth(若い)」と、フレッシュさをアピールしたものだったという。
それでもなお「ウィー」としか聞こえないという声もあるだろうが、映像で確認すると観客の「ウィー」の合唱と重なってハンセンの発声そのものを聞き取ることは困難だが、叫び終わるまでずっと口を開いたままでいることが分かる。
真実やフェイクを超えた面白さ
つまり「イー」と歯を食いしばっていないのだから、「ウィー」と言っていないことは確かである。「キャリア晩年には日本のファンに合わせて〝ウィー〟と叫んでいた」との説もあるが、口の動きは引退するときまで変わっていない。
話を「悲しいことがあったら~」に戻すと、これが記されていたのは、1冊丸ごと人気レスラーを単独で特集したムック本『プロレスアルバム』の裏表紙。そのことから見ても、この名言は担当編集者による創作の可能性が高い。
ハンセンの言葉として心に刻んできたファンからすると、不都合な真実かもしれないが、しかし落胆する必要はない。
プロレスとは元来、真実やフェイクといった世間一般の基準を超えたところに面白さがある。人間模様も含めたリング上の戦いが、より良いものになるのであれば、レスラーの言葉が周囲の人間による創作かどうかは、さほど大きな問題ではないのだ。
なお『プロレススーパースター列伝』において自身のことが誇張たっぷりに描かれていることを知ったハンセンは、「あれはあれで、ドラマチックに描いてくれた作者に感謝している」と語ったという。
《文・脇本深八》
スタン・ハンセン
PROFILE●1949年8月29日生まれ。アメリカ合衆国テキサス州出身。身長194センチ、体重140キロ。得意技/ウエスタン・ラリアット、エルボー・ドロップ。
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