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神戸山口組・井上邦雄組長の“急所”を狙う!?六代目山口組が画策する抗争「最終手段」

六代目山口組・司忍組長 (C)週刊実話 無断転載禁止

六代目山口組(司忍組長)と神戸山口組(井上邦雄組長)の分裂抗争は決着に至らぬままだが、六代目側は武力行使を続け、神戸側への〝警告〟を強めている。

「面子を懸けた戦いやから、いくら警察の取り締まりが強まろうが、六代目側が攻めの姿勢を崩すことはないで。今は、井上組長の〝急所〟を集中的に狙っとる。それも血が流れるような事件やないのが、逆に不気味や」(関西の組織関係者)

昨年8月、五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)の元若頭で、神戸側に残留した與則和・與組組長が何者かに銃撃されて以降、直接的な危害を加えるような事件は起きていない。

「分裂当初に射殺事件があって、その後も神戸側からは複数の死者が出とる。こうした六代目側の〝血の制裁〟は印象付けられとるから、事務所なんかへの発砲にしても、その意味は十分に伝わるはずや」(同)

また、本部のそばで組員2名を射殺された山健組が、のちに六代目側に復帰した影響も大きかったという。

「中田組長は六代目側に『幹部』として迎えられた。六代目側が処分を下したんは当時、四代目山健組組長やった井上組長やから、中田組長はその対象やなかった。犠牲者が出た上での復帰自体にも驚いたが、何より名門の山健組が戻ったことは、戦局を大きく変えたと思うで」(同)

復帰が決定した昨年9月、勾留中である中田組長の手紙が読み上げられ、「本来あるべき姿」として帰参が発表されたという。

「親分やった井上組長が率いる神戸山口組を離脱して、独立組織として活動したのちに六代目側に戻ったわけやが、中田組長の本心としては神戸側に反旗を翻すつもりはなかったはずや。あくまでも、若い衆の将来のために新たな道を選んだと。ただ、今は敵同士になって、神戸側には山健組の元直参が複数残っとるから課題もある。山健組が果たす役目は多いのかもしれん」(同)

山健組では、渡辺芳則・五代目山口組組長が興した健竜会の七代目にあたる蜜岡伸貞会長が、執行部メンバーである若頭補佐に昇格。

「健竜会にしても神戸山口組の三次団体やったし、内情をずっと見てきとるから、よう知っとるはずや。敵となった今は、それが有利に働くやろな」(同)

こうした背景もあって、今回の蜜岡会長の昇格人事に、警察当局は警戒を強めているようだ。

副組長と若頭がターゲット

神戸山口組直参に対しては、昨年末から寺岡修若頭(俠友会会長)への〝プレッシャー〟が強まっている。昨年12月に徳島県にある関係先で発砲事件が起きると、今年3月には別の関係先付近で秋良連合会(秋良東力会長=大阪浪速)系組員によるトラック特攻が発生。

直接危害を加えるものではなくケガ人も出なかったが、事件によって寺岡若頭の周辺を探っていた事実が明るみになり、六代目側の意図がうかがえたのだ。

「寺岡若頭は分裂の首謀者の一人であり、井上組長を支える重要な存在だ。進退を迫ることで、神戸側の体制に影響を与えようとしたのだろう。発砲、トラック特攻ときて攻撃の手を緩めていないため、神戸側も細心の注意を払っているはずだ」(業界ジャーナリスト)

また井上組長、寺岡若頭と共に、分裂の首謀者といわれる入江禎副組長(二代目宅見組組長=大阪中央)に対しても、水面下では攻勢が加えられてきた。

「宅見組へは、武力行使ではなく切り崩しを進めているようだ。勢力に異変を生じさせることで、組織の体力を奪っていく戦略だとみている。この本当の狙いも、入江副組長に進退を迫るものではないか」(同)

武力行使と〝切り崩し工作〟の両面で攻める六代目山口組。しかし、当の神戸山口組は井上組長の「最後まで戦う」という方針のもと組織存続を掲げ、依然として活動を続けている。

ある他団体関係者は、終結を急ぐ六代目側の動向をこう危惧する。

「あらゆる手段を講じて内外から神戸側の牙城を崩そうとしても、井上組長の心境に変化を与えるまでではないのだろう。そうなると、やはり最終的には血が流れる危険性もある。今、双方とも特定抗争指定で拠点が使用禁止になって行動も制限されており、抗争が終結したからといって、すぐにそれが解除されるわけではない。だからこそ、六代目側は1日も早い終結を目指している」

〝指揮官〟である髙山清司若頭が描く最終手段は、武力行使に限らないという。

「業界内では六代目支持が圧倒的で、政治面での動きも注目されている。他団体の今後の動向次第では、別の形での終結もあり得る。あくまで分裂抗争は山口組の問題だが、国内最大組織だけにヤクザ業界全体に与えた影響は大きいのだから」(山口組ウオッチャー)

旭導会の跡目が決定

また、井上組長と中田組長との間で勃発した訴訟問題にも注目が集まっている。井上組長の自宅をはじめ、別宅や山健組本部周辺の複数の関連施設に対し、所有権は山健組トップにあるとして、全直参同意のもと中田組長が訴えているのだ。

一部の関連施設に関しては、山健組が独立組織だった時期に、すでに神戸側と売却する方向で話し合い、分配金額も決定していたという。ところが、山健組が六代目側に復帰した途端、神戸側の方向性が変わり、話し合えぬまま具体的に売却話が進められたため、訴訟に踏み切ったようだ。

本誌が確認した限りでも、関連不動産を巡って4件もの民事訴訟を起こしている。中田組長本人の陳述書には複雑な心境がつづられており、泥沼化の様相を呈している。

一方で、3月22日には山口春吉初代と登二代目が眠る兵庫県神戸市内の墓地で、津田力若頭補佐(四代目倉本組組長=和歌山)と篠原重則幹部(二代目若林組組長=香川)が彼岸の墓参を行った。雨が降りしきる中で手を合わせる津田若頭補佐の姿からは、抗争終結に向かう決意が伝わってきた。

分裂の渦中でも六代目山口組は結束強化を図り、3月23日には北海道に拠点を置く旭導会・鈴木一彦初代(享年81)の跡目を、川合彰典若頭が継承することが決定。六代目山口組の執行部メンバーと顔を合わせ、挨拶を行ったという。

「旭川で行われた鈴木初代の葬儀には司六代目も駆け付けとって、表情から悲しみの深さが感じられた。川合若頭は地元を死守した初代の姿を見てきたわけやから、二代目としてより団結を強めて組織を盛り立てていくはずや」(ベテラン記者)

武力行使と〝切り崩し工作〟、さらに政治面でも戦略を展開する六代目山口組は、あらゆる角度から神戸山口組に切り込む方針のようだ。その〝戦果〟が表面化したとき、初めて分裂問題の解決の糸口が見えてくるのかもしれない。

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