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六代目山口組・鈴木一彦舎弟「葬儀」に司六代目が参列!“黒マスク”で粉雪舞う北海道入り

(C)週刊実話Web

時折、粉雪が舞う中、斎場の外に姿を現した喪服姿の六代目山口組・司忍組長は、棺を乗せた車両が見えなくなるまでその場に佇み、唇を結んで見送った。

3月8日、北海道旭川市で鈴木一彦舎弟(旭導会会長=北海道、享年81)の葬儀が営まれ、司六代目をはじめ全直系組長が参列したのだ。

前日に営まれた通夜には、髙山清司若頭を筆頭に執行部メンバーが参列。司六代目は8日、自宅があるとされる愛知県名古屋市から、東京を経由して旭川に入ったため、警察当局が各所で厳戒態勢を敷いた。

早朝、名古屋駅から新幹線に乗った司六代目は、東京のJR品川駅に降り立ち、警視庁の捜査員らが警戒に当たる中、森健司・三代目司興業組長(愛知)や三代目弘道会関係者らと共に改札を抜けて送迎車に乗り込んだ。黒いサングラスを掛けていたがその表情は硬く、旭川までの道のりが、悲しみの深さと比例しているかのようだった。

品川駅から今度は羽田空港に向かい、空路で旭川に到着。旭川空港で警戒に当たった北海道警は、送迎車の停車位置などを事前に確認するほどで、司六代目の北海道入りに神経を尖らせていた。最高幹部らに出迎えられた司六代目は、鈴木舎弟への哀悼の意を示してか、この日は黒いマスクを着用。足早に車両に乗り込み、斎場へと向かった。

斎場に「金属探知機」

北海道警による警戒態勢は、斎場で一段と強化され、入り口にはゲート式の金属探知機が設置された。到着した組員らに対し、ポケット内の所持品もすべて確認するなど、厳しい規制を敷いたのである。

マスコミへの取材規制も厳重で、斎場入り口から約30㍍は離れた場所にパイロンで仕切ったスペースがあり、一歩でも出ようものなら注意の声が飛び、常に警察官が張り付くほどだった。

「五代目山健組本部の近くで、週刊誌カメラマンに扮した弘道会系組幹部が、射殺事件(平成元年10月)を引き起こしたことがあるから、道警も報道陣にピリピリしとるんかとも思うた。けど、記者たちへの身分証の確認もなく、何のための規制なんか疑問やったで。射殺事件があったあと、警視庁や愛知県警、兵庫県警では、捜査員が防弾チョッキを着て拳銃を携帯しとることもあったし、報道陣に対しても鞄の中身を確認するほど、警戒を徹底しとったけどな」(ベテラン記者)

道警が鋭い視線を向ける中、鈴木舎弟の眠る棺が車両に運び込まれた。紋付羽織袴姿の遺影が見えると、続々と最高幹部らが外に立ち始めた。車両が動き始める直前、司六代目も全直参と共に静かに手を合わせ、固く目をつぶった。鈴木舎弟との最期の別れであり、顔を上げてからも見送る姿には、深い悲しみがうかがえたのだった。

司六代目が引き揚げると、髙山清司若頭も斎場をあとにした。直系組長らもそれぞれ送迎車に乗り込む中、山健組からは中田浩司組長の代理で参列した物部浩久若頭の姿も確認された。

「鈴木舎弟は平成4年2月に山口組直参になり、その後に若頭補佐も務めた。ちょうど30年もの間、直系組長として尽力したんや。せやから、司六代目や全直系組長が葬儀に駆け付け、別れを惜しんだわけやな」(同)

斎場から市街地を抜けると、旭川空港までの道には雪原が広がっていた。地平線が見える雄大さと、太陽に反射してキラキラと輝く雪の美しさは、参列した司六代目や直系組長らの悲哀とは対照的で、そのコントラストが印象的だった。

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