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六代目山口組“北の重鎮”鈴木一彦「旭導会」会長が死去 最高幹部が北海道に集結

(C)週刊実話Web 

3月6日、六代目山口組舎弟で北海道に本拠を置く鈴木一彦・旭導会会長が、病気のためこの世を去った(享年81)。一時はもち直したといわれただけに、関係者からは「残念でならない」という声が多く聞かれた。

少年時代から愚連隊として旭川で暴れ回り、17歳で渡世入りした鈴木会長は、当時、地元の三大組織の一つだった北海道寄居連合会に所属。道内1000人の勢力を誇った中核組織である寄居関保連合・赤石秀雄総長の若い衆が兄貴分だったことが縁で、二十歳のときに盃を受けた。

一時期は関東に流れて関東ヤクザの流儀、手法を学んだという。全国で土地ブームが沸き起こると金融・不動産などを手掛け、昭和47年に赤石総長が関三代目を継承した際、赤石分家として親分・一家の名乗りを許された。昭和55年ごろには、関三代目の跡目代行に就任。平成元年9月、赤石総長は山口組に参画したが、平成3年9月に関保会の定例会の席で発砲事件が起き、責任を問われた赤石総長が除籍処分となって、関保会も事実上、解散した。

鈴木会長は、同年10月に地盤を引き継ぐ形で旭導会を結成。平成4年2月、五代目山口組(渡辺芳則組長)の直参に昇格し、六代目体制で若頭補佐に就いた。山口組では初となる北海道出身の最高幹部誕生だった。平成23年10月、舎弟に直って以降も、〝北の重鎮〟として組織を見守り続けた。

北海道の直参では初の最高幹部

「昨年に行われた六代目山口組の『納会』では、体調不良を押して出席する鈴木会長の姿があった。会場に到着した司忍六代目が声を掛ける場面も見られたから、体調を心配しとったんやろな」(ベテラン記者)

3月7日には地元の旭川で通夜が営まれ、急きょ駆け付けた六代目山口組執行部メンバーらが参列。翌8日の告別式には、司六代目と全国各地の直系組長らも参列した。

通夜当日、斎場には慶弔委員らが早々に姿を現し、髙山清司若頭も到着。ゆっくりとした足取りで建物内に入った。終了後、引き揚げる最高幹部らの表情からも、鈴木会長の死を悼む様子がうかがえた。

「現在、北海道に本拠を構える直系組織は、旭導会の他に茶谷政一家(茶谷政雄総長)と四代目誠友会(渡部隆会長)があり、北海道の直参で初めて最高幹部に就いた鈴木会長は存在感を発揮しとった。山口組への貢献度いうたら高かったはずやで。菱の代紋の下、鈴木会長は最期まで任俠人生を貫いたんや」(同)

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