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短期集中連載『色街のいま』第9回「東京・鶯谷」~ノンフィクション作家・八木澤高明

(画像)Tupungato / Shutterstock.com

なんとも風流な名の付いた土地だなと思う。実際の姿とは、ここまでかけ離れた土地の名も珍しい。東京を代表する猥雑な街とも言われる、鶯谷のことである。

その名の起こりは、江戸時代にまでさかのぼるという。この辺りは上野寛永寺の寺領で、京都からやって来た住職が「江戸では鶯までも訛っている」と言ったことから、その名が付いた。

私は幾度となく鶯谷を歩いてきたが、せわしなく行き交う人々の靴音と電車が線路を軋ませる無機質な音が記憶にあるだけで、まだ一度も鶯の鳴き声を聞いたことはない。見かけた鳥といえば、ラブホテルの谷間にある薄暗い公園のゴミ箱にたむろしていたカラスぐらいである。

先日亡くなった芥川賞作家の西村賢太氏が足繁く通っていた大衆居酒屋も鶯谷にある。この街を好んだ西村さんのことを思うと、なんとも親近感が湧く。

そんな鶯谷へ、久しぶりに向かった。オミクロン株の影響だろう、以前に比べて電車に空席が目立つ。

夕暮れ時に駅前に降り立つと、ミニスカートに厚化粧の女性が目に付いた。出会い系の待ち合わせだろう。買い物袋を片手にラブホテル街へと消えるカップルもいた。この街だけはコロナとは無縁のようにも思える。

ここ鶯谷には約70軒のラブホテルがあるという。電車の車窓から淫靡なネオンがうかがえるが、異彩な風景が形づくられたのは戦後のことだ。

東北の玄関口だった上野から至近だったことから上京する人々を当て込んで旅館ができ、それが連れ込み旅館となり、ラブホテルへと変わっていった。

鶯谷といえば韓国人や中国人、タイ人などアジア人女性を派遣するデリヘルが知られているが、コロナ禍による外国人女性の入国制限や女性たちが帰国したことにより、厳しい経営を強いられている店も少なくないという。鶯谷で風俗店を経営していた40代後半の平野(仮名)という男性に話を聞いた。

平野とは鶯谷にある喫茶店で待ち合わせたのだが、堂々とした体躯のジャージ姿の男性が店に入ってきて、私を見つけると愛想のいい笑顔を浮かべて席に着いた。

一見、いかつい風貌だが、口を開くと柔和な表情になる。まずは鶯谷での商売について尋ねた。

「鶯谷はデリヘルが有名で、ほぼすべての店が本番ありの場所なんですが、それと同じ商売をしようとは思いませんでした。私がやったのは、大人のパーティーです。今から20年ぐらい前に流行ったんですけど、マンションの一室を借りて女性を2、3人用意しておいて、そこに男性客を呼んで、お酒を飲んで本番サービスをさせるというものです。これを2020年の6月から始めました。ちょうどコロナが流行りだして、厳しい状況でしたけど、何か新しいことをしたかったんです。マンションを借りて、少人数相手ならチャンスはあるんじゃないかと思ったんです。風俗店に行くのとは違って、マンションなら清潔感もありますから」

「コロナ禍でも風俗で遊びたい人間はいる」

平野の予想は当たる。やってみたら大勢の客が来た。

「1日に平均で10人ぐらいです。1人1回、1万8000円の料金で設定していました。1回で終わる人は少なかったので、悪くはない稼ぎにはなったんです。お客さんは、昼間に仕事をさぼってくるサラリーマンが中心でした。従業員は雇っていませんし、経費は家賃と女性に支払う取り分ぐらいだったんで、1人で食っていくにはいい商売だなと思っていました。簡単に言うと、ちょんの間の見栄えをよくした感じですね」

平野がやっていたことは、完全な裏風俗であり、売春防止法違反に引っかかる。そのあたりのリスクをどう感じていたのだろうか。

「捕まる可能性は、あるなとは思っていましたよ。逮捕される覚悟もしてましたが、初犯だから2週間で出られるだろうと思ったんです。ただ、こちらもデリヘル業者しか入っていないようなマンションで開業していますし、目立たないようにやっていたつもりです。鶯谷という土地にまみれてしまえば大丈夫かなと思っていました。というのも、担当の警察署も風俗店が多くて、いちいち全部チェックしないでしょうからね」

商売の目処は立ったが、現在は休止中だ。コロナの影響というより、マンションの大家が家賃の値上げを要求してきたからだという。

平野はコロナ禍に違法風俗店を経営して、気付いたことがあった。

「どんなにコロナが流行っても、風俗で遊びたいという人間は一定数いるのだなということです。家賃などのランニングコストを抑えてやれば、商売として十分成立するなと思いました。コロナが収まったら、すぐにでも再開したいなと思っています」

平野の店で働いていたレイコという女性にも話を聞かせてもらった。

「昼間のお客さんばかりで、パッと来て、すっきりして仕事に戻るというような感じの方ばかりでした。しつこい人もいなかったですし、仕事としては楽でしたよ。お客さんがそんなに多くなかったので、待機しているときに、一緒に働く女の子とお酒を飲むのが楽しかったですね」

コロナ禍においても、新たな商売を見つけ出す色事師たち。性を取り巻く人間の欲が尽きないことを教えてくれたのだった。

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。

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