短期集中連載『色街のいま』第7回「東京・池袋」~ノンフィクション作家・八木澤高明
この日、電車で池袋へと向かった。心なしか、都内を走る山手線の車内も閑散としているような気がした。このところのオミクロン株の影響が、目に見える形で現れていたのだ。先週、話を聞いた松戸(千葉)のデリヘル嬢は、オミクロン株が流行りだして以降、ぱったりと客足が止まったと言っていた。
【関連】短期集中連載『色街のいま』第6回「千葉・松戸」~ノンフィクション作家・八木澤高明 ほか
果たして、今向かっている池袋界隈ではどのような影響が出ているのだろうか。
昨年、緊急事態宣言が東京に出ていた頃、夜の池袋に人の姿といえば客引きばかりで、驚くほど閑散としていた。飲食店は軒並み閉まっていて、かろうじて営業していたファストフード店にだけ人だかりができていたのだった。かつて取材したことのある風俗嬢は、コロナの影響で客足が途絶え、スーパーのパート、レストランの清掃係などに転職したと言っていた。
そして今年に入り、今度はオミクロン株が猛威を振るっている。コロナの影響は続いているのだろうか。
「いやぁー、最悪っすよ。まったく変わっていないですね。もうどうしようもないなと諦めています」
そう愚痴ったのは、池袋で10年以上スカウトをしている龍雄という男性である。彼は女性たちにソープランドやキャバクラなどの仕事を斡旋し、その売り上げの一部を得て生計を立てている。高収入を得ていた時代もあって、スカウト稼業で家族を養い、東京の近郊に新築の一軒家も建てた。
ところが、このコロナ禍でスカウト稼業は休業状態。コロナ以前にスカウトした女性たちの売り上げによって、何とか生活しているという。この先のことはまったく分からず、不安な日々を過ごしていると語った。
次に私が向かったのは、デリヘルの事務所だった。ここの経営者は横山という男性で、事務所は池袋北口からほど近い、歓楽街の中の雑居ビルにあった。
現在の池袋の場所柄を象徴するように、半分以上のテナントが中国人に占められていた。とある階には中国人向けの美容院やネイルサロンが固まり、まるで中国本土へ旅してきたような気分になってくるのだった。
そんなカオスな雰囲気を醸し出しているビルの一室が、横山の事務所である。部屋の間取りは2Kで、1つは横山が客とやりとりする部屋、もう1つが女性たちの待機場所となっていた。
待機部屋では、60代と思しき女性がスマホで動画を見ていた。横山が経営しているのは、熟女が在籍しているデリヘルなのだ。
今年48歳になるという横山は、熟女デリヘルを経営して4年になる。営業を始めて、半分の年月がコロナの影響を受けたことになる。どのような影響が出ているのか、尋ねてみた。
馴染みの客をしっかりと掴めるかが大事
「うちは、まったく影響は出てないですよ。逆にコロナさまさまです。コロナ前に比べて、売り上げは倍になっています」取材に来るまで、横山が経営する熟女デリヘルは、かなり厳しい状況にあるのではないかと勝手に思っていたが、思わぬ発言に驚いた。だが、理由を聞くうちに、きっちりとした根拠に納得させられた。
「色々と理由があって、デリヘルを経営する前は吉原で10年ほどソープランドのボーイをしていたんです。グループ全体で600人から700人の女性が在籍していたんですけど、そこでトップを取っていたのは必ずしも若くてきれいな女性ではなく、40代から50代の女性ということが多かったんです。そこで分かったのは、いかに馴染みの客をしっかりと掴めるかが大事だということです。また来ようと思わせて、心地よい時間を過ごしていただく。そのためには、若さや美しさというのは一番大事なことではないんです。お客様に、いかに優しくできるかなんですね」
吉原でベテランソープ嬢たちの振る舞いを見ていたことが、熟女デリヘルを経営するきっかけとなったのだった。
「顔というのは意外と人によって好みが分かれて、美人の基準というのは曖昧なんです。ところが、精神的な部分というのはブレが少ない。私は女性を採用するにあたって、誰でも採用しませんし、最低限の礼儀ができない人には辞めてもらっています。そしてお客様でも、電話で応対して、ちょっとおかしいなという人はお断りしています。このコロナ禍の中で、風俗で遊ぼうという人は、どの店でもいいとは思っていません。リスクを冒すわけですからね。きっちりと厳選しているので、うちの店のコンセプトを気に入ってくれて、足を運んでくれているんだと思います」
コロナの流行をものともせず、売り上げは倍になったものの、客層には明確な変化があったという。
「コロナ前は70代、80代でお金と元気が余っているおじいちゃんが多かったんですが、そういった人がぱったりと出てこなくなりましたね。代わりに、変なお客さんが増えました」
待機部屋にいた60代の女性にも、客の変化について聞いてみた。
「お客さんと待ち合わせをしていたら、『どこの店の人ですか?』と声を掛けられたり、事務所に戻るときに後をつけられたり、お金はなくてお店には行けないけど、なんとか遊ぼうとする人が増えたんじゃないですかね。だからこの前、80代の男性が近くのラブホテルで殺される事件がありましたけど、あんまり驚きませんでした」
新たな時代を迎えつつある風俗業界。そんな中で、横山の経営する熟女デリヘルは、コロナの影響を受けつつも、堅調に営業を続けているのだった。
八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。
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