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山本小鉄「誰よりも強くなれ」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

山本小鉄、 真壁刀義
山本小鉄、 真壁刀義 (C)週刊実話Web

昭和のプロレスファンからは「ブルーザー・ブロディの猿真似」「何がスイーツだ」などと批判されがちな真壁刀義だが、その芯の部分には〝新日イズムの権化〟山本小鉄の精神がしっかりと息づいている。

新日本プロレスが冬の時代と言われた2010年前後、昭和のファンからことさら批判されたのが、ストロングスタイルとは程遠いチャラいエースの棚橋弘至であり、キングコング・ギミックの真壁であった。

入場テーマ曲に『移民の歌』を使用し、首からは金属のチェーン、フィニッシュ・ホールドはキングコング・ニードロップ。2006年ごろから、大胆にも真壁はブルーザー・ブロディのスタイルを継承した。

そのことを知った昭和のファンは、「ブロディの名前を汚すな」とばかりに、真壁の試合を見ることもなくただひたすら嫌悪感を抱いたものだった。

しかし、ずっと新日を見続けてきたファンからは、「真壁のおかげで新日の再興があった」「真壁ほど新日愛の強いレスラーはいない」などと、リスペクトの声が多く聞かれる。

当時、新日のメインは棚橋や中邑真輔が担っていたが、真壁はヒールの立場でこれに対抗すると同時に、金村キンタロー率いる『アパッチプロレス軍』や『ZERO1-MAX』など他団体にも積極的に参戦。デスマッチやハードコア路線もいとわず血みどろの戦いを繰り広げた。

メジャーとインディーズの線引きがいくらか曖昧になっていた時代ではあったが、それでもインディーズ側の土俵であるデスマッチに挑むメジャー側の選手は珍しい存在だった。真壁はそこで真っ向勝負を挑み、新日の底力とメジャー団体としての威信を示して見せた。

“スイーツ真壁”で世間にアピール

こうした実績が新日内でも認められてのことだろう。09年には『G1クライマックス』で初優勝を遂げ、翌年には中邑の顔面にキングコング・ニーアタックをぶち込むド派手なフィニッシュで、IWGPヘビー級の初戴冠も果たした。

一方、12年からは強面にもかかわらず甘い物が大好きな〝スイーツ真壁〟として、食リポをはじめとしたテレビ出演を増やし、こちらは新日の対世間的なアピールに一役買うことになった。

こうしてプロレス界はもちろん、広く一般にも認知された真壁だが、実のところ入門当初は「いらない新弟子」として扱われていたという。

大学卒業後の1996年に入門した真壁だが、同期には2つ年上で、全日本レスリング選手権を二度制した藤田和之がいた。最初からエリート待遇だった藤田に比べ、真壁は突出したアマチュア実績があるわけでもない。

また、学生プロレスを経験していたことも、先輩たちからの心象を悪くした。プロレスごっこの延長のような学プロは、パロディーや下ネタも多く、この頃は「プロレスをバカにしている」と捉えるレスラーは少なくなかったのだ。

そうしたことから、真壁はしごきの標的とされた。しかも、当時の新日道場でコーチ役を務めていたのは佐々木健介であった。武藤敬司が「健介の後輩じゃなくてよかった」と話したほどの猛烈なしごきは、結果として中西学、永田裕志、小島聡、天山広吉らを育てたが、受けるほうはたまったものではない。

偉人伝の一節のような逸話

一時期は「健介を殺そうか」とまで思い詰めていた真壁を救ったのは、山本小鉄の言葉だった。

かつて〝鬼軍曹〟と呼ばれた小鉄は、コーチ役を離れてからも自身の体調管理のため、道場でトレーニングをすることがあった。しかし、その頃には以前の厳しい面影はなく、新弟子にもいろいろと話をしてくれたというから、愛する団体のため稽古の様子を見に来ていたのかもしれない。

ある時、いつものごとく怒鳴りつけられ道場の外に追い出された真壁に、小鉄が「オイ、どうした」と声を掛けた。すると、憤懣やるかたない真壁は小鉄に不平不満を打ち明けた。

これに対して小鉄は「誰よりも強くなれ。誰よりも強くなったら、おまえのこと文句を言わないぞ」と話したという。直接的な解決策とはならない禅問答のような言葉だが、真壁は小鉄の真意をくみ取って自ら意識改革を行う。

真壁は「与えられた課題をこなす」のではなく、前向きかつ貪欲に「トップに立つためにやるのだ」と、練習に取り組むようになった。これが後々の成功につながったというのだから、まるで偉人伝の一節のような逸話ではないか。

もし、真壁が理不尽なしごきに負けて早々に辞めていたなら、同じく学プロ出身である棚橋の成功もなかったかもしれず、その意味でも真壁は新日にとっての功労者と言えそうだ。

《文・脇本深八》

山本小鉄
PROFILE●1941年10月30日生まれ~2010年8月28日没。神奈川県横浜市出身。身長170センチ、体重100キロ。得意技/屈伸式ダイビング・ボディ・プレス。

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