ディック・マードック (C)週刊実話Web
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ディック・マードック「おまえ、プロレスがやりたいのか、喧嘩がやりたいのか」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

「シュート(真剣勝負)の実力は一番」などと言われながらも、リング上ではそんな素振りを見せず、明るく激しい上質なアメリカン・プロレスを披露してきたディック・マードック。前田日明らUWF勢を相手にしたときも、その姿勢を変えることはなかった。


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日本プロレスに始まり、国際プロレス、全日本プロレス、新日本プロレスのメジャーからインディーズ団体まで、ディック・マードックの通算来日回数は54回を数える。来日100回以上のアブドーラ・ザ・ブッチャーやスタン・ハンセンには及ばないが、早くから「次期NWA王者候補」と言われたアメリカのトップレスラーとしては、かなり異例のことである。


マードックが日本での試合を好んだ理由としては、「気楽さ」ということが第一にあったようだ。アメリカでは会場への移動や宿泊先の予約は、すべてレスラー自身が行うが、日本では団体がすべてをやってくれる。だから試合だけをこなして、細かいことを気にせずに、好きなビールをたらふく飲むことができる。


マードックとしてはNWA王者としての名誉を得て、それと引き換えに過密スケジュールを強いられるよりも、そんな日本で戦っているほうがよほど性格に合っていたようだ。


ただし、マイペースで練習嫌いという評判から、マードックが「イージーワーク、イージーマネー」のために来日していたと思われるかもしれないが、それは少々ニュアンスが異なる。


例えるなら、高級ホテルのシェフを務める腕がありながら、あえて町中華のオヤジになる料理人のようなもので、働く環境は違っても腕は確かだから、そこで出てくる料理が上質であることには違いない。

きちんと試合をこなすマードックの実力

ただ、そんなマードックの快適なジャパンライフに、ある日、〝異分子〟が入り込んできた。前田日明を筆頭とするUWF勢である。

ロープに飛ばないなどの様式はともかくとして、気に入らないのがキックを多用する試合の組み立て方だった。キックは打撃としての威力が強いだけでなく、パンチやエルボーよりもコントロールが利かない。


むやみに放ったハイキックやミドルキックの当たり所が悪ければ、大きなケガにつながりかねず、プロとして試合数をこなすにはふさわしくないというのが、外国人レスラーに共通する感覚であった。


そのため、血の気が多いマードックは、前田に対して「おまえ、プロレスがやりたいのか、喧嘩がやりたいのか」と詰め寄ったとも伝えられる。


しかし、だからといってUWF勢を嫌っていたのかといえば、意外とそうでもなく、対戦が組まれればきちんと試合をこなしていたようだ。


1987年9月14日の岡山武道館大会、前田とシングルマッチで対戦したマードックは、最初こそキックでサンドバッグ状態となったものの、得意のエルボーで反撃開始。延髄斬りを交えつつ、前田のミドルキックをキャッチしてからの足4の字固めも披露した。


いわゆるUWFスタイルのグラウンド展開でも、マードックはアームロックなどアメリカン・スタイルの技術で対応し、一進一退の攻防を繰り広げてみせた。

“半ケツ”披露は実力者相手のときだけ

この頃はまだアメリカにおいても、プロレス=プロのレスリングということで、世界王者クラスとなれば相応の技術を求められていた。そのトップ戦線で戦ってきたマードックからすれば、UWFの技も決して特別なものではなかったようだ。

最後は前田をコーナーポストに逆さ吊りにしてストンピングを浴びせまくり、止めに入ったタイガー服部レフェリーを突き飛ばしての反則負け。マードック流のラフ殺法でしっかりと締めくくっている。


激しい攻防ではあったが、決してシュートだなんだというような殺伐とした内容ではなく、どんな相手でもきっちり対応するマードックの技量の高さを改めて示す一戦であった。


この試合前、同年4月26日の静岡県焼津市民体育館大会で、やはり前田と対戦した際には「リングに戻ろうとするところでパンツを引っ張られ、半ケツをさらしながらの両者リングアウト」というマードックお得意の場面もあった。


マードックの〝半ケツ〟は「自分と同格かそれ以上の相手でなければやらせない」とも言われるだけに、前田の実力を高く評価していたことが、この一戦からうかがえる。


そうしてみると「喧嘩がやりたいのか」との前田への言葉は、UWFスタイルを嫌ってのことではなく、スター候補の前田を諭すベテランからのアドバイスだったのかもしれない。


《文・脇本深八》
ディック・マードック PROFILE●1946年8月16日生まれ~1996年6月15日没。米テキサス州出身。 身長190センチ、体重126キロ。得意技/ブレーンバスター、カーフ・ブランディング。