本好きのリビドー/悦楽の1冊~『疫病2020』(産経新聞出版:門田隆将 本体価格1600円)

恐るべき高度の致死率と、強い感染力を併せ持つインフルエンザ・ウイルスがふとした契機で蔓延。やがてアメリカ全土が静かに死滅に向かってゆく…と、これはスティーブン・キング畢生の大長編にして代表作『ザ・スタンド』という、あくまで物語の初期設定だ。

しかし、先頃の大統領選の結果を見る限り(たとえ敗北したとされるトランプ陣営側が選挙の正当性を巡って法廷闘争をこれから本格化させる構えとはいえ)、他国の事情ながら、小説が現実の悪夢と化したかのように一瞬、錯覚しそうになるのもやむを得まい。新型コロナ、いな武漢ウイルスの発生と隠蔽に関し、「中国に責任を取らせる」と繰り返し明言してその横暴極まる覇権志向を根元から断とうとしていた人物が、このまま行けば退場。代わって出てきた御仁の最優先政策といえば、コロナ収束と経済再建は無論にしても、黒人差別問題と地球温暖化対策なのだ。

緊迫感に満ちたパニック映画を思わせる冒頭

おまけに露骨に中国にすり寄る姿勢が目に余る。前任者が脱退を決めたはずのWHO(世界保健機関)へも復帰すると聞けば、習近平国家主席の高笑いが止まらなかろう。

全く今年はなんて年だ!と「バイきんぐ」でなく〝細菌ぐ〟になってしまうが、一体なぜこんな事態に至ったのか。日本国内で初の新型肺炎患者が確認されたのが1月16日。その前日まで総統選の取材で台湾に滞在中だった著者は、いち早く大陸での感染情報を把握し、国を挙げての防疫対策を既に整えつつある台湾の、ただならぬ空気を実感する――緊迫感に満ちたパニック映画を思わせる冒頭から、気が付けば息を詰めて頁をめくること間違いなし。コロナ禍が炙り出したのは真の危機に直面した際の政権の迷走と国家の病巣。今こそ本書を手に取ってほしい。

(居島一平/芸人)