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短期集中連載『色街のいま』第2回「長野の某温泉街」~ノンフィクション作家・八木澤高明

(画像)Sean Pavone / shutterstock

千曲川沿いにあり、善光寺の精進落としで賑わったという温泉街に着いた時には、すでに日が暮れていた。

ホテルの部屋から温泉を包みこむように小高い山々が見える。漆黒の山並みは、よくよく目を凝らすと、うっすらと雪化粧をしていた。

大浴場でひとっ風呂浴びて、街に出てみた。タイや韓国の女性を連れ出すことができるこの温泉街を初めて訪ねたのは、今から6年ほど前のことだ。当時、温泉街の通りには、タイの地名や、「ハッピー」、「エンジェル」といった軽妙な名の看板が乱立していた。

これも新型コロナウイルスが流行したことの影響だろうか、当時と比べて明かりの灯っていない看板が目立ち、街が暗く沈んでいるように見えた。すると、さらに暗く細い路地から1人の初老の女性が私のほうに向かってくるのが見えた。

「若い女の子いるよ。遊びどうですか?」

言葉のイントネーションから、彼女は韓国人のようだった。彼女によれば、タイ人女性と遊べるという。せっかくの機会なので、街の様子についても聞いた。

「コロナで潰れた店が多いね。私も2つ店をやってたけど、今は1軒しかやってないよ。女の子も帰国しちゃったし、日本に入れないでしょう。お客さんがお店に来ても、コロナは怖いし女の子もいないから、緊急事態宣言が出ている時は本当にお客さんがいなくて、店が潰れたんですよ」

その頃に比べ、年末になりやや持ち直したという。

「ここです、ここです」

彼女は店の前まで私を連れてくると、中に入れと促した。私は何人かの女性に話を聞く予定だったので丁重に断り、温泉街をさらに歩き続けた。

この温泉街で、多く働いていたのは、タイ人女性たちだった。以前は何人ものタイ人女性が客の手を取り、スナック街の一角にあるラブホテルに入っていく姿を目にしたものだった。

ぐるっと温泉街を歩いてみたが、見かけたのは韓国人の客引きの女性と長靴を履いてスナックへと消えた1人の日本人男性だけだった。ラブホテルは一応営業していたが、チェックインする男女の姿はなかった。

空腹を感じた私は、タイ料理店で食事することにした。タイ人が多い歓楽街ということもあり、以前来た時はいくつかのタイ料理店があったはずだが、目についたのは1軒だけだった。かつてタイ料理店は深夜になるとお茶を引いたスナックの女性たちの溜まり場になっており、そこで客を見つける女性もいた。

タイ料理店のドアを開けてみたが、客の姿はなく、広々とした店内はがらんとしていた。カラオケのミュージックビデオだけが流れていて、タイ人歌手だけが生き生きとしている。

知っているだけで5軒のスナックが潰れた…

「いゃー、暇ですね。もうギリギリですよ。年末はいつもなら大忙しで、臨時で人を雇うほどなんですけど、今年は見ての通りです」

母国より日本での生活が長くなったという、流暢な日本語を話すタイ人の男性が言った。

「何とか政府が助けてくれているから続けています。ここを頑張って続けていきたいと思っています」

腹ごしらえを済ませた私は、タイ人女性たちが働くスナックへと足を運んでみた。ここはまだ40代半ばのタイ人女性が経営する店で、彼女はこの温泉街だけでなく近くの町でもスナックを切り盛りしている。

「日本に来て20年以上になりますけど、一昨年から昨年末にかけてが一番厳しかったですね。女の子も減っちゃいました。近くの役場の人とかも来てくれていましたけど、コロナが流行りだしたらピタッと来なくなりました。『ここでもし感染したらクビになっちゃう』って言ってました。一気に街が寂しくなって、ホテルも休業してしまいましたし、知っているだけで5軒のスナックが潰れました」

緊急事態宣言が終わっても変わらないのだろうか。

「少しずつ良くはなっていますけど、前のようにはいきませんね。オミクロン株も出たりしているので、厳しいです」

店内には5人の女性がいた。私の隣には、1年ほど前は他の温泉街のスナックで働いていたというエミーがついた。彼女はタイで大学を卒業後、技能実習生として来日。しかし、もっと稼ぎたいという思いから働いていた工場を逃げ出し、夜の街で働き始めたという。

もう1人、ノンと名乗る女性もやってきた。彼女は1年近く日本に滞在し、都内や沖縄など、各地のスナックで働いてきたという。

この温泉街では、露骨に「ホテルに行こう」と女性からモーションをかけてくる店もある。だがこの店は、女性の意思に委ねられていると、エミーが言った。

「コロナが流行っていても毎週来るおじさんがいるんです。他の女の子とは話もしないで、私にホテルに行こうと誘ってくるんです。私は好みのタイプじゃないので断っていたら、『もう二度と来ない』と言って帰ったのに、また次の日も来たんです。もうストーカーです。ここを辞めて他のところにも今は行けないので、我慢しているんです」

エミーにとってホテルに行くことは大きな稼ぎになる。そのため、ほとんど断らないという。

「私はエッチが嫌いじゃないので、好みのお客さんなら私から誘います。朝まで4万円ですけど、常連のお客さんに『安くして』と言われたら少しおまけします」

コロナを乗り越え、温泉街では今も娼婦たちが働いていた。しかし、コロナ前の勢いを取り戻せていないのが現実だった。1日も早い復活を祈りたい。

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。

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