(画像)Alexander Khitrov / Shutterstock.com
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北朝鮮・金正恩総書記「健康悪化」で到来する金与正“女帝”時代

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は昨年12月22日、金正恩総書記が統治してきた10年間を振り返る記事を掲載し、《今年(昨年)は試練において建国以来最悪》と指摘しながらも《人民のための献身においては10年の絶頂だった》と、正恩氏の献身ぶりをたたえることで締めくくった。


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「核・ミサイル開発を即刻中止すれば、外国からの投資は増え、輸出入により国は豊かになります。しかし、改革・開放を断行すると西側の文化がどっと入り込み、北朝鮮の体制は崩壊してしまう。この矛盾が解決できないため、いつまでも国民は貧しいままなのです」(国際ジャーナリスト)


昨年12月17日、金正日総書記の死去から10年を迎えた北朝鮮は、金日成主席、正日氏の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿広場で『逝去10周忌中央追悼大会』を開催した。


10年前の葬儀で、正恩氏と共に霊柩車を囲んだ幹部7人は、粛清や世代交代で全員が表舞台から消えた。正恩氏は独裁体制を永続化させるため、これまで党規約や憲法を改正し、繰り返し〝エレベーター人事〟を行うなど、強権政治を維持してきた。


権力の一元化が図られることは、人事や政策変更が迅速にできる半面、予期せず独裁者が第一線を退いた場合、政治運営が一挙に瓦解することになる。そして、外国勢力の干渉を招くことも避けられない。


そんな情勢下で追悼大会に参加した正恩氏の顔が、どす黒く老け込んで見えたことで、韓国メディアを中心に「健康不安説」が再び持ち上がっている。


「当日の気温は零下5~6度、体感温度は零下20度と伝えられています。本当に健康状態が悪ければ、行事への参加を取りやめたり、正恩氏の居場所を屋内に変更したりしそうなものですから、老け顔は低い気温のせいかもしれません」(北朝鮮ウオッチャー)


とはいえ、韓国と北朝鮮は直接通話できないが、北朝鮮の一部地域で使える中国キャリアの携帯電話を経由して、韓国や米国のメディアが住民や党幹部などを取材している。そこからは国民が、正恩氏の健康を気にかけているという情報が漏れ伝わってくる。

党の最高幹部が配慮するほどの“格”の違い

その一方で生前の正日氏が、愛娘の金与正党副部長を「彼女に口ひげがあったなら後継者にしていただろう」と、高く評価していたのは有名な話だが、実際に与正氏の序列が上がったことが確認された。

「朝鮮中央通信が先の追悼大会に出席した8人の党政治局委員を紹介した際、続いて与正氏の名前が政治局候補委員よりも先に呼ばれました。つまり、政治局委員に昇格したのではないかと推測されるのです」(前出・国際ジャーナリスト)


与正氏は昨年9月の最高人民会議(国会に相当)で党国務委員会委員に選出されたが、北朝鮮において形式的な地位や肩書は「白頭血統(日成氏の子孫)」に属する者には意味がない。最高指導者である正恩氏と、どれだけ近い関係なのかが重要なのだ。


2018年2月9日、与正氏は韓国で開催された平昌冬季五輪の開会式出席のため、チャーター機で仁川空港に到着した。金永南最高人民会議常任委員長を団長とし、崔輝国家体育指導委員長と李善権祖国平和統一委員長も同行していた。


「外交団が貴賓室に入室する際、永南氏がソファに座る前に与正氏を手招きし、主賓席に座るように勧めたのですが、与正氏は笑顔で永南氏に席を譲りました。党内序列が10位にも入らない与正氏に、党の最高幹部が配慮するほど格の違いを見せつけたのです」(韓国紙日本特派員)


また、昨年の与正氏による公開活動は34回で、一昨年の17回に比べて倍増している。外交業務を担当しながら非公開で地方を訪れ、軍部隊の視察や住民生活の動向を把握していることは、彼女が実質ナンバー2の地位にあることの証明とも言えるだろう。

2月6日に重大発表!?

昨年10月25日、北朝鮮軍総政治局は『命令書00187』なる公文書を公布し、その文中で《金与正同志による初の歴史的な党中央軍政指導を受け、限りなき栄光を心に刻み、偉大なる党中央を命がけで擁護しよう!》と檄を飛ばした。

「北朝鮮では独裁者の行動にのみ使用される特定用語として、これまで『現地指導』という単語を使ってきましたが、最近は意味が多様化しています。党中央たる与正氏に使われた『軍政指導』が、正恩氏だけに許される『現地指導』とどう違うのか不明ですが、正恩氏が地方へ頻繁に通える健康状態ではないため、与正氏が代理を務めているとみるのが妥当でしょう」(前出・北朝鮮ウオッチャー)


正恩氏の次の4代目は誰が担うのか。正恩氏に子供はいるようだが、年齢はまだ幼いと推測される。正恩氏が祖父や父親並みの寿命をまっとうすれば、あと40年は体制を率いることもできるだろうが、健康状態がそれを許しそうもない。ハッキリしているのは、独裁体制は1人の独裁者によってしか存続できないということだ。


朝鮮中央通信は、昨年9月以来となる最高人民会議を今年2月6日に平壌で開くと発表した。内閣の活動状況と課題、国家予算について討議するとしているが、これに与正氏がどういう形で参画するのか。


ひょっとすると「与正時代」の幕開けを示す重大発表があるかもしれない。