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アントニオ猪木「プロレス道にもとる」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”
1987年に前田日明が「長州力顔面蹴撃事件」を起こした際に、アントニオ猪木は「プロレス道にもとる」と発言した。そのとき「猪木がそれを言うか」と思う前に「そもそも〝もとる〟ってどういう意味?」と、疑問に思ったファンはきっと多いだろう。
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プロレスファンの中には、選手自身の発言や実況中継の解説などによって、未知なる言葉を覚えたという人も多いだろう。
アントニオ猪木がジャイアント馬場への挑戦を表明した際に、当時の所属団体であった日本プロレス側は、「時期尚早」と返答した。意味としては「まだ機が熟していない」といった感じになるが、この一件で「時期尚早」という言葉は、ずいぶんプロレスファンの間に浸透した。
村松友視による『私、プロレスの味方です』などの著作で、初めて「暗黙の了解」という言葉に触れた人もいるだろう。「口には出さなくとも双方が理解している」との意味で、「時期尚早」とともに一般のビジネスシーンでも使えて、なおかつ頭が良さそうに聞こえるフレーズではある。
長州力が藤波辰巳(現・辰爾)に挑んだ際、テレビ実況の古舘伊知郎が盛んに発した「下克上」は、日本史好きの人ならすでに知っていただろうが、プロレスによって一気にメジャーな言葉になった感はある。
もともとは相撲界で「弱い」を意味する隠語であった「しょっぱい」も、「しょっぱい試合ですみません」の佐々木健介を筆頭に、レスラーたちがたびたび発したことで広がっていった。テレビで芸能人なども使うようになり、そこから派生した「塩対応」といった言葉の影響もあって、今では「情けない」「つまらない」などの意味で一般層にも使われている。
今もファンの間に根強く残る違和感…
プロレス界ではかなり有名でありながら、いまいち意味不明の言葉もある。1987年11月19日、前田日明がサソリ固めをかけようとしている長州の背後から顔面を蹴り、右目の奥を骨折させる事件が発生。これに対する猪木のコメント「プロレス道にもとる」は、その代表格だろう。
「もとる」とは漢字にすると「悖る」「戻る」となるが、もし一般の会話でこれを使っても、なかなか相手に理解してもらえないだろう。
「もとる」の意味は「道理に反する」ということで、つまり猪木は、前田の「背後から顔面を蹴るカット行為で長州にケガをさせたこと」に対し、「プロレスの道に反する」と批判したわけである。
言葉の意味は明瞭なのだが、しかし「これまで、とことん道理に反してきた猪木がそれを言うか?」と、違和感を抱くファンは当時も多かった。前田はこの件について、一貫してアクシデントであると主張していて、実際にタッグ戦において、蹴りでカットをしたのは初めてのことではない。
その後、前田が無期限の出場停止処分を経て解雇されたことから、「猪木が前田を追い出すために言いがかりをつけた」との声は、今もファンの間に根強く残っている。「前田とのシングル戦から逃げるためにそう言ったのだ」と。
中継を担当するテレ朝の意向を反映!?
このあたり、当時の猪木自身がどのように考えていたかは本人のみぞ知るところだが、ただし前田の解雇については猪木というよりも、テレビ中継を担当するテレビ朝日の意向を反映したものであったようだ。1984年の長州らの離脱により『ワールドプロレスリング』の視聴率が低迷すると、前田らUWF勢の復帰も特効薬とはならなかった。そこでテレ朝が画策したのが、「数字」を持っている長州を出戻りさせることと、大幅な番組リニューアルだった。
しかし、長州の復帰交渉には成功したものの、バラエティー色を強めた『ギブUPまで待てない!!』の評判が最悪で、視聴率はさらに下落してしまう。そこでテレ朝は、次なる戦略としてビートたけしを担ぎ出し、TPG(たけしプロレス軍団)をスタートさせるのだが、そうしたプランに前田らUWF勢は含まれていなかった。
そんなUWF勢が「テレ朝の肝いりで引っ張ってきた〝長州様〟にケガさせるとは何事か」というのが根底にあって、新日としても大事な金主であるテレ朝には逆らえない。そうした状況が猪木に、「プロレス道にもとる」と言わせる大きな要因となったのだろう。
しかし、新日を離れた後のUWF人気を思えば、彼らをうまく使いきれなかったことに、問題があったとも言えそうだ。長州にしても、もともと一般人気が高かったわけではない。もしテレ朝に「UWF勢へのコアな人気を一般に広めていく」との考えがあったならば、プロレスの歴史は大きく変わっていたに違いない。
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