客席から飛んだ野次「前田が泣いてるぞ!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”
1988年5月12日、東京・後楽園ホール。第2次UWFが旗揚げされるとたちまち人気爆発し、のちに「UWF信者」と呼ばれる熱狂的ファンを多く生み出すことになった。中でもカリスマ的存在とされたのが前田日明で、令和となった今も「神」と崇めるファンは多い。
プロレスは「観客参加」の要素が強いジャンルである。スポーツ興行の中ではもちろんのこと、映画、演劇などのエンターテインメントと比較してもなお際立っている。プロレスラー本人たちにしても「お客さんの目を意識して」というのはよく口にするところであり、観客へのアピールやパフォーマンスが、試合のリズムをつくる上でも重要な要素になっている。
単なるつなぎ技だったはずの越中詩郎の「ヒップアタック」や木戸修の「キドクラッチ」が、声援次第で最も盛り上がる試合の山場になったりするのも、プロレスならではの光景だ。
また、ファンはアイドルコンサートのようにただ闇雲に声援を送るだけでなく、時には厳しい野次やブーイングを選手たちに浴びせ、それらによって大会全体の空気感は著しく変化する。そもそもプロレス自体が、ファンの幻想によって成立しているとも言えよう。
科学的視点などといって冷静に試合の分析を始めた日には、なぜロープに相手を振ると返ってくるのか、なぜ反則5秒以内はOKなのか、なぜプロレスラーは腕十字に耐えられるのかなど、いくつもの「なぜ」が立ちふさがってくることになる。一般のスポーツ愛好家からは白眼視されるようないくつもの疑問について、ファンそれぞれが脳内で自己解決することにより、ようやく安心してプロレスを楽しめるようになるのだ。
「UWFこそがプロレスの究極形である」と信じたファン
さて、ファンの幻想ということでは、1988年5月12日に旗揚げされた第2次UWFこそが、その極みではなかったか。格闘技としてのプロレス、すなわち「真剣勝負」というのがUWF幻想の核心部分であった。五輪のレスリング競技で二度の銀メダルを獲得した太田章氏などは、試合を見るなり「通常のプロレスと大差ない」と喝破しており、その実態が現在の総合格闘技とは別種のものであることは、競技の世界の住人からすれば明白だった。
しかし、UWFに心酔するファンたちはそんな声に耳を貸すことはなく、「UWFこそがプロレスの究極形である」と信じた。通常のプロレスファンからすると「地味でつまらないプロレス」であっても、純正UWFファンは「これこそが真の格闘技だ」と賛辞を惜しまなかった。
そしてUWF幻想とは、前田日明への幻想でもあった。
旧UWFでは佐山聡とシュートマッチを闘い、新日本プロレス参戦時にはその過激なファイトぶりにアントニオ猪木が逃げ出し、妥協なき蹴りで長州力を粉砕し、第2次UWFを創設した前田――。実のところはさまざまな裏事情もあってのことであったが、当時のUWFファンは前田を「新格闘王」と呼び、プロレスの枠を超えたカリスマとして祭り上げた。
のちに長州は、『週刊プロレス』のターザン山本編集長(当時)に向かって、「Uはおまえなんだよ」と言い放った。UWFブームはリング上で闘う選手たちがつくったものではなく、ファンの幻想と、その幻想を煽り立てたプロレスマスコミがつくり上げたという意味であろう。
旗揚げ2年目には東京ドーム大会を成功させるなど、隆盛を極めたかのように見えた第2次UWFだが、その最期はあっけなくやってきた。大口スポンサーのメガネスーパーから同社の運営するSWSとの業務提携を持ち掛けられた際、現実路線のフロント陣はこれを承諾したものの、この決断に対して選手たちが反発したことが、解散へ至る最大の要因だった。
第2次UWFの活動期間はわずか3年足らずであったが、その間に周囲から多大なる幻想を背負わされたことで、選手たちの意識もそれぞれに変化していった。リングスを設立した前田は純粋な格闘競技を志向し、藤原喜明はルールや場所にこだわらない職業格闘家として、SWSのリングにも上がった。
古典技“足4の字”で高田延彦が負けた衝撃…
そして、髙田延彦を神輿として担いだ一派は、UWFインターナショナルを立ち上げ、あえて「プロレス最強」を宣言して多くの話題を振りまいた。紆余曲折あって1995年10月9日、東京ドームで新日との団体対抗戦に挑んだUインター。メインイベントで武藤敬司と対戦した髙田は、武藤の足4の字固めに敗れることになる。
闘っている当人や両団体の関係者たちからすると、「ドラゴン・スクリューで傷めた膝を足4の字で決められた」というのは、敗因として自然なことだと考えたかもしれない。だが、UWFを応援し続けてきたファンはそうはいかなかった。
新日のリングにおいて純然たるプロレス技で髙田が敗れたことは、まさにUWF幻想の崩壊を意味した。試合後に客席から飛んだ野次、「髙田ぁ~! 前田が泣いてるぞ!」は、UWF信者の魂の叫びとして長く語り継がれることになった。
《文・脇本深八》
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