『ドタバタ関ケ原』(柏書房:長谷川ヨシテル=れきしクン 本体価格1500円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

80年代初頭。司馬遼太郎の『関ケ原』がTBSの新春特番でドラマ化された折、いよいよ決戦本番を描く第三部のタイトルは〝男たちの祭り〟だった。

もっともこれは原作ではなく早坂暁による脚本のお手柄だが、今にして思えば言い得て妙。確かに歴史好きにとって関ケ原は永遠の祭り、汲めども尽きぬ美酒の泉に他ならない。

歌舞伎や講談、浪曲の世界で長い年月をかけてAKR47=赤穂浪士四十七人が『忠臣蔵』の本筋から離れて、〝外伝〟あるいは〝銘々伝〟と題され、大石内蔵助をセンターもとい先頭に、メンバー各々の物語がいわばスピンオフ的に派生していったのは周知の通り。あの討ち入り劇を、浅野内匠頭と吉良上野介のみクローズアップしても意味がないのと同様に、関ケ原の合戦もまた勝った家康と敗れた三成だけを論じて事足れりとする訳には到底いかない。そこがファンには楽しいのだ。

無名武将たちへの視線が温かい

「れきしクン」の名で芸能界随一の日本史通として活躍する著者の手になる本書。語り口こそ初心者にも優しく敷居は低いが、内容の水準は決して下にあらず。一見ミーハー風な口調に乗せながらも、歴史学界最前線の研究成果に抜かりなく目配りを利かせ、通説を覆す解説が興味をさらに増す。

なにより脇役と呼ぶのも覚束ない、とてもじゃないが映画やドラマ、小説やマンガにエピソード程度でも採用の見込みのなさそうな無名武将たちへの視線が温かい(それでも最高齢参戦の大島雲八や濡れ衣で死んだ斎村政広など未知の作り手からすれば大穴のはず)。

東西に分かれて戦ったのは関ケ原だけでなく、奥羽から九州まで全国規模だったのを改めて踏まえ、三成贔屓を標榜しつつも人物評価は努めて公平。文句なしの面白さに兜を脱ごう。

(居島一平/芸人)