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永田裕志「いいんだね? 殺っちゃって」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

永田裕志
永田裕志 (C)週刊実話Web

2022年にはデビュー30周年を迎えることになる新日本プロレスの永田裕志。

IWGPヘビー級王座の防衛記録を達成する一方で、総合格闘技で惨敗を喫するなど毀誉褒貶はありながら、ベテランとなった今も興行に欠かせない存在感を保ち続けている。

インターネットの巨大匿名掲示板『5ちゃんねる』のプロレス板に、《永田さんはキリストか何かだと思う》というスレッドがあるのをご存じだろうか。06年ごろから続く同スレッドは、残念ながら「永田裕志を神として讃える」ものではない。

おそらくは03年の大みそか、エメリヤーエンコ・ヒョードル戦で惨敗した永田をイエス・キリストになぞらえて、「プロレス界を背負って犠牲になった」との意味から付けられたタイトルなのだろう。その書き込みは永田を小馬鹿にしたような、いわば大喜利大会の様相を呈している。

とはいえ、個人のスレッドが15年以上も続いているのは、それだけ長きにわたって話題を提供し続けていることに違いなく、人気商売のプロレスラーにとって名誉なこととも言えようか。

永田は大学時代、レスリングの五輪代表候補になったほど運動能力が高く、均整の取れた体から繰り出す技は、打撃、投げ、グラウンドのいずれもハイレベル。当然のように「新日の次期エース候補」と目されるようになり、02年4月に安田忠夫からIWGPヘビー級王座を奪うと、そこからおよそ1年間、当時の最高記録となる10回連続防衛を成し遂げた。

それでいて04年、新日に復帰した長州力が永田を評して「天下を獲り損ねた男」と言ったとき、これにうなずいたファンは多かっただろう。

エース候補から“ネタキャラ”へ

なぜ、永田は天下を獲れなかったのか。総合格闘技戦で01年のミルコ・クロコップ戦、前述したヒョードル戦に連敗したのは大きな理由に違いないが、それに加えてルックスの問題もあったのではないか。

同期のケンドー・カシンが「永田に足りないのは顔だけ」と話したように、どこか垢抜けない顔立ちで、気のいいおっちゃん風。お決まりの「敬礼ポーズ」にしても、本人としては「悠然と観客席を見渡すイメージ」で始めたというのだが、それを敬礼と受け取られたのは、永田の「田舎の駐在さんのようなルックス」と無縁ではあるまい。

しかし、総合格闘技戦で連敗したとはいえ、プロレスのリングに戻ればその試合ぶりはやはり一流であり、永田自身もそうした気概はあっただろう。そのため、コメントなど立ち居振る舞いはトップスターとしてのそれになる。

プロレスは一流でも、ルックスと総合格闘技の戦績は…。そんなアンバランスさを面白がったファンたちは、いつしか永田のことを「ネタキャラ」と認知するようになっていった。

04年の1・4東京ドーム大会。半端な格好で退団した佐々木健介が、新日のリングに再登場することになり、その対戦相手となった永田は試合前のインタビューで、「そもそもあの男、なんで帰ってきたんですか」「いいんだね? 殺っちゃって」と挑発した。

普通であれば、試合を盛り上げるに十分な煽りとなりそうなものだが、永田はその直前のヒョードル戦で敗れたばかり。またしてもファンからは「ヒョードルに秒殺されたヤツが何を言っているんだ」などと、容赦ないツッコミが入ることになってしまった。

コミカル路線と正統派の二刀流

健介との試合は「平成で一番」と言われるほどの大流血戦となり、ダウンした永田の頭から流れた血がリングに血だまりをつくったため、モニターで観戦していたアントニオ猪木が「もうやめさせろ! 死人を出す気か!」と、思わず叫んだほどだった。

そんな凄惨な試合に勝利した永田だったが、話題となったのは試合内容ではなく「いいんだね? 殺っちゃって」のほうであり、ネット界隈では一種の流行語にまでなった。

そんな空気を永田自身も感じてか、06年ごろからはコミカルな姿を披露するようになり、東京スポーツの取材をきっかけに「ナガダンス」「銅像特訓」などの名作も誕生した。また、試合でも関節技を極めた際の白目をむいた表情が、「鬼気迫る場面でありながら、それよりも面白さが勝つ」と評判を呼ぶことになった。

この時に並のプロレスラーであれば「ウケているから」と、パフォーマンスを連発しそうなものだが、永田は基本的に正統派スタイルを貫いた。そのため、ファンは永田のコミカル路線を渇望するまでになり、一時は永田の「白目」が大会一番の盛り上がりとなるほどだった。

ネタキャラ扱いされているようで、実は永田のほうが正統派とコミカル路線を使い分けながら、ファンを手のひらの上で転がしていた――。その意味からも永田は、超一流のレスラーと言えるに違いない。

《文・脇本深八》

永田裕志
PROFILE●1968年4月24日生まれ。千葉県東金市出身。身長183センチ、体重108キロ。得意技/バックドロップ・ホールド、ナガタロックⅡ、腕固め、エクスプロイダー。

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