(画像)Quality Stock Arts / shutterstock
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北朝鮮“女帝”金与正が掌握する「人民軍」と「核ボタン」

生前の金正日総書記は愛娘の金与正党副部長について、「与正に口ひげがあったなら、彼女を後継者にしていただろう」と語ったというが、それが実現に向けて動き出している。


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男尊女卑の激しい北朝鮮で、2014年に金正恩総書記が病に倒れている間、妹の与正氏が一時的に内政をコントロールしていたことがある。「万事与通」(すべてのことは与正を通せ)と言われた時代だ。


しかし、今やそんなレベルを飛び越え、最近の北朝鮮は与正氏を「偉大なる党中央」と称し、偶像化に余念がない。


与正氏は正恩氏と同じく、正日氏と在日朝鮮人帰国者の高容姫氏との間に生まれた。米政府は17年、人権侵害に関与したとして与正氏を制裁対象に指定したが、その際に作成したリストによれば生年月日は1989年9月26日とされる(韓国統一部は88年生まれとしている)。


いかに「金王朝」の血を引くとはいえ、与正氏は30歳前半にして朝鮮労働党ばかりか、ついには朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の掌握にも乗り出した。これは驚くべきことである。


「なぜなら社会主義の独裁国家では、最高権力者が軍事力を支配することが常だからです。軍事力がなければ、誰も最高権力者に服従しません。初代最高権力者である金日成主席や二代目の正日氏にしても、生前は軍事力を他人に譲渡したことなどない。正恩氏がまだ生きているにもかかわらず、軍人でもない与正氏が朝鮮人民軍を『軍政指導』するなど、以前ならあり得ないことなのです」(北朝鮮ウオッチャー)

北朝鮮にとって歴史的な事件…

10月25日、朝鮮人民軍の総政治局は「命令書00187」を公布し、その中で《金与正同志による初の歴史的な党中央軍政指導を受け、限りなき栄光を心に刻み、命を懸けて偉大なる党中央を擁護しよう!》と檄を飛ばしている。

11月2日、与正氏は西南前線地区に赴き、第5492軍部隊の管下にある女性中隊を視察した。この中隊は、正恩氏が19年11月24日に直接視察した部隊であり、さかのぼれば先代の正日氏も訪問したことがある象徴的な部隊だ。


その後も与正氏は総参謀部をはじめ、さまざまな最前線部隊に対して軍政指導を行い、11月6日には、機械化部隊を総動員した火力打撃訓練を視察している。


「与正氏は指揮官に攻撃地点を定めさせ、その目標が完全に消滅するまで徹底的な砲撃を命じて、部隊の士気を高めたと言います。今後、核ミサイルの発射実験にでも立ち会えば、それは北朝鮮にとって、歴史的な事件となるでしょう」(軍事ライター)


ただし、いくつもの持病を抱える正恩氏が地方へ頻繁に通える状態ではないため、与正氏が一時的に朝鮮人民軍を指揮しているという可能性は残る。


そして、もう1つ疑問がある。北朝鮮では最高権力者の行動にだけ、特定用語の「現地指導」という単語を使っていたが、最近はこの手の単語が多様化しているため、与正氏の「軍政指導」がいかなるレベルの指導なのか実態が分からないのだ。しかも、昨年に正恩氏が水害状況を視察した際には、新しく「現地了解」という言葉が使われている。


「仮に国営メディアが《金与正同志が現地指導》という言葉を使用すれば、それは与正氏が正恩氏と並び、最高権力者の座に上り詰めたことを意味しますが、まだ『現地指導』という言葉は使われていない」(前出・北朝鮮ウオッチャー)

最高権力者への道を歩み出した与正氏

これまで北朝鮮は独裁体制が崩壊することを防ぐため、絶対に「第2人者」をつくろうとしなかった。しかし、今年1月の党大会では、党規約を改正してまで「第1書記」の役職を設置したくらいなので、正恩氏に特別な何かが起きていることだけは確かである。

深読みすれば、正日氏が後継者としての能力を認めていた与正氏が、その遺志を受け継ぎ、現実的に「党中央」として最高権力者への道を歩み出したのかもしれない。


「75年ごろ、正日氏は『三大革命小組員』という人員を全国各地に派遣しています。小組員とは特権を与えられた正日氏の分身で、中央と地方の党幹部や国家機関の幹部を思いのままに動かせる力を持っていました。つまり、父である日成氏が頂点に君臨していた既存の党、国家、軍隊の統治体系とは別に、正日氏自身が頂点に立つ新しい体制を築こうとしたのです」(国際ジャーナリスト)


北朝鮮は11月、全国に散らばる与正氏の「小組員」約1万人を平壌に集め、異例とも言うべき『第5次三大革命先駆者大会』を開催している。


朝鮮中央通信の公報文は「党中央」の意図でこの会議を開くと言及しているが、どこにも「金正恩総書記」の名前が見当たらない。ということは「党中央=与正氏」が、この大会を主催したとも推察できる。


「同大会は10年ごとに開かれている定期大会で、本来なら今年ではなく、4年後に開催されるべきものでした。にもかかわらず、今回は事前告知もないまま、電撃的に開催されている。これらは与正氏が党や軍に続き、北朝鮮全土の掌握に乗り出したことを意味しています」(同)


非常事態下の北朝鮮で何が起こっているのか。今後の情勢を読むには、与正氏の動向を深く知ることが鍵となるだろう。