宍戸錠 (C)週刊実話Web
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俳優・宍戸錠“勝つだけでは物足らぬ美学”~灘麻太郎『昭和麻雀群像伝』

〝エースのジョー〟こと宍戸錠の有名なエピソードとして、まだ役に恵まれないころ、ゼロからやり直そうと美容整形手術を受けて人相を変え、悪役への転向を果たしたということがある。


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すると、華麗なガンプレイとキザな演技で人気を集め、やがて主演を務めるようになった。


2001年に刊行された単行本『シシド 小説・日活撮影所』(新潮社)では、筆の立つところを披露した。芸能人のこの手の本にはゴーストライターが付き物だが、正真正銘すべて本人の文章であり、さらに扉の絵も手がけている。


もともと彼の文才には定評があり、1987年に刊行されたユニークなB級カルチャーブック『B列車で行こう』(実業之日本社)にも「B級活劇映画俳優の栄光」という文章を寄せている。ここでは、あえて「栄光」という漢字にカタカナで「ミエッパリ」とルビを振っており、なかなかしゃれが利いている。


このエッセイは日活アクションの最前線にいた宍戸が、石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和田浩治、二谷英明ら映画スターの魅力を分析しつつ、とっておきのエピソードをちりばめた破格の読み物であった。


自らをB級と位置づける彼は、エッセイの最後をこう結んでいる。


《始めに「A級」志向の者はBには戻れない。Aで死ぬのだ。始めに「B級」志向の者は、Aにいっても何時でもBに戻れる。勿論ずーっとBでも一向に構わない。これからも俺はBだ。〉


確かにエースのジョーは殺し屋としてはA級だが、その精神はB級に徹してこそ深みを増し、スクリーンで輝きを放つことを宍戸は十分に理解していた。


時にコミカルなキャラを演じていた宍戸は、実はエッセイや絵画もこなす知性派俳優であり、同時に無類のダンディー、スタイリストでもあったのだ。

最も好む手役はメン・タン・ピン・三色

日大芸術学部在学中に覚えたという麻雀は、生来の性格ゆえ単に勝つだけでは満足しない。その過程で何らかの芸を披露しつつ、映画さながらのドラマ性を求める。

彼が最も好む手役はメンゼン、タンヤオ、ピンフ、三色。いわゆるメン・タン・ピン・三色である。翻牌があれば1枚目から鳴き、ドラが複数あると食いタンに走る…といった麻雀は決して打たない。


むろん、すべての場面でメン・タン・ピンを狙うわけではないが、可能性のある限りは美しいアガり形を目標に打つ。


日活映画の麻雀実力番付では、長らく長門裕之と葉山良二が両横綱だったが、彼は「宍戸ブラザーズ」こそ最強であると胸を張る。


歌手のちあきなおみと結婚した実弟の郷鍈治に、自分を加えた宍戸ブラザーズ。兄弟の比較では弟のほうが上位であったことは、私自身も対戦してみて知っていたのだが、宍戸も弟の実力を素直に認めていた。


映画の衰退とともにテレビへと活動の場を移した宍戸は、ドラマでも特異な個性を発揮したほか、バラエティー番組『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』(日本テレビ系)や教育番組『カリキュラマシーン』(同)にも出演。『くいしん坊!万才』(フジテレビ系)では4代目レポーターを務めるなど、昭和を代表する有名芸能人でもあった。


現在、麻雀プロと称する人種は1500人ぐらいいると思われるが、プロ連盟を設立する以前は10人いるかいないかで、誌上対局などでは常にプロと、有名雀豪と呼ばれる作家や芸能人、スポーツ選手などが打つ機会が多かった。


その頃、女性で麻雀が強い人がいたら面白いと考え、私と小島武夫で、女性だけの麻雀タレントグループを2つ誕生させた。

「殺し屋ジョーです」と低い声で一言

その1つが『女・麻雀新撰組』で、ジャズ歌手の沢村美司子、女優の天路圭子、ディスクジョッキーの西条ゆり子、タレントの風間千代子がメンバー。もう1つは『魔女セブン』というグループで、女優の池玲子、藤山律子、西尾三枝子、大堀早苗、片山由美に加え、ディスクジョッキーの夏のり子が参加していた。

私が宍戸に初めて出会ったのは、その魔女セブンが月に1回行っていた麻雀大会の席。6卓の大会だったが、2回戦で宍戸と同卓となった。


麻雀プロの灘麻太郎と分かった宍戸は、「殺し屋ジョーです」と低い声で一言。これは彼一流のサービス精神だが、無表情の中にも静かな闘志をみなぎらせているようだった。


では、宍戸麻雀はどうかというと、ツモ、打牌は静かでマナーはいい。ただし、この対局ではペンチャン、カンチャンの待ちが多く、決して良い手が入っているとは言えなかった。


また、三色好きであることは事前に聞いており、その代表者の1人は『麻雀放浪記』の作家・阿佐田哲也である。彼は生前に「配牌を取ったら、まず三色を考えよ」という言葉を残している。


この日の対局で宍戸は、南1局、南家で8巡目にリーチ。捨て牌には九萬、六萬、五萬と迷彩が敷かれている。10巡目、後引っかけになる四萬につられて、上家から七萬が出てロン。


【ニ萬、二萬、六萬、八萬、三筒、三筒、三筒、六筒、七筒、八筒、六索、七索、八索】


最初は流れに乗れず四苦八苦していた宍戸だが、ついに彼特有のダンディズムが結実した。美しい構えの満貫である。


(文中敬称略)
宍戸錠(ししど・じょう) 1933(昭和8)年12月6日生まれ~2020(令和2)年1月18日没。54年、日活ニューフェイス(第1期生)に合格して銀幕デビュー。俳優のほかタレント、司会者としても活躍した。2021年、第44回日本アカデミー賞で会長特別賞を受賞。
灘麻太郎(なだ・あさたろう) 北海道札幌市出身。大学卒業後、北海道を皮切りに南は沖縄まで、7年間にわたり全国各地を麻雀放浪。その鋭い打ち筋から「カミソリ灘」の異名を持つ。第1期プロ名人位、第2期雀聖位をはじめ数々のタイトルを獲得。日本プロ麻雀連盟名誉会長。