古館伊知郎 (C)週刊実話Web
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古舘伊知郎「2人の猪木が戦っている!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

アントニオ猪木の名場面を思い返すとき、その多くはやはり怒りや狂気に彩られたものとなるだろう。だが、そんな中にも「心温まる感動の名場面」というのもある。


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IWGPヘビー級初戴冠を果たした藤波辰巳(現・辰爾)が、師匠の猪木を挑戦者に迎えた1988年8月8日のタイトルマッチ。試合会場は横浜文化体育館(横浜文体)。この試合での藤波は王者であると同時に、初めての師匠超えを目指す挑戦者でもあった。


直弟子である藤波の持つIWGPヘビー級王座に、挑戦者として猪木が臨んだ一戦。60分フルタイムの激闘の末に引き分けとなった試合後、猪木は自らの手で、防衛を果たした藤波の腰にベルトを巻いた。藤波の勝利による「猪木超え」とはならなかったが、それでも多くのファンや関係者は、実質的に新日本プロレスのエースが引き継がれた瞬間として、これを受け止めた。


藤波もまた感無量だったようで、後年に長州力との「名勝負数え唄」などを差し置いて、この時の猪木戦を自身のベストバウトに挙げている。


試合後、長州力に肩車をされた猪木は、両手を突き上げるポーズを取りながらも、その表情はどこか泣いているようにも見えた…。


この前年の12月にはTPG(たけしプロレス軍団)参戦時のドタバタにより、両国国技館で暴動が発生。同年2月には、前田日明が「長州蹴撃事件」の責任を取らされる格好で契約解除となり、これに伴ってUWF勢が離脱。さらに、4月からは『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)中継の放送枠が土曜日の16時に移行し、ゴールデンタイム撤退となった。

「猪木の引退試合は必ず自分が担当する」

この時、猪木は45歳。数々の故障や重度の糖尿病などもあって全盛期の姿を望むべくもなく、新日全体に沈滞ムードが漂っていた。

そんな中にあって藤波は、難敵ビッグバン・ベイダーとの2連戦が決まっていた猪木に対し、自らの前髪を切りながら「ベイダーとやらせてください」と直訴。その直後、猪木が故障を理由にIWGP王座を返上すると、藤波は王座決定戦でベイダーから反則ながらも勝利を収め、猪木に次いで第2代王者となった。いわゆる「飛龍革命」である。


その後、猪木は王者・藤波への挑戦権を懸けたリーグ戦で復帰(他の参加選手は長州、ベイダー、マサ斎藤、木村健悟)。これをなんとか勝ち抜いて挑戦者になったものの、長州との試合では後頭部にラリアットを食らって、対長州シングル戦初黒星を喫するなど落日の気配が漂っていた。


藤波戦を前にして「負ければ引退か?」との報道がなされ、試合実況には「猪木の引退試合は必ず自分が担当する」と公言していた古舘伊知郎が、約1年半ぶりに復帰。国民的アナウンサーとして大出世を遂げていた古舘の登場で、自ずと「猪木引退」の空気が広まっていった。


「もういいじゃないか猪木と叫びたい」


「我々には、ビートルズも安保闘争も分からなかった。しかし、ビル・ロビンソンにドロップキックを放っていったアントニオ猪木の勇姿は、しっかりと覚えている」


「同じ黒のショートタイツ、まさに2人の猪木が戦っている!」


実況する古舘の言葉も、いつにも増して感傷的なものとなった。

新日の歴史的転換点となった藤波VS猪木

試合は互いの技と技、気持ちと気持ちが正面からぶつかり合う「これぞ新日ストロングスタイル」というべき一戦となった。

結局、猪木引退とならなかったのは、「猪木の名前を残しておきたい」というテレビ局や興行関係の思惑もあってのことだろうが、それでも猪木にとっては、これが最後のIWGP戦となった。


以後の猪木は政界転身に向かい、プロレスの第一線から退いていく。藤波がその後の故障で長期欠場となったため、「世代交代」の空気はあやふやになってしまったが、藤波VS猪木が新日の歴史的転換点であったことには違いない。


団体としても、この試合を重く捉えているようで、真夏の祭典『G1クライマックス』における8月8日、横浜文化体育館大会では、その年の優勝の行方や以後の新日の方針を示す上で、重要な一戦が行われることが恒例となっていた。


残念ながら横浜文体は2020年9月に閉鎖され、同年はコロナ禍もあってG1クライマックスの日程が9月にずれ込んだことから、8・8大会は行われなかった。


そのため、19年が横浜文体における最後の8・8大会で、同日のメインイベントでは、今年IWGP世界ヘビー級王者となった鷹木信悟が、石井智宏を相手にバッチバチの試合を繰り広げた末に勝利している。


なお、横浜文体は2024年に『横浜ユナイテッドアリーナ』へと生まれ変わる予定。20年からは併設サブアリーナの横浜武道館がプロレス興行に使われ、2年連続でG1クライマックスが開催されている。


戦いの歴史は引き継がれていく。


《文・脇本深八》
古舘伊知郎 PROFILE●1954年12月7日生まれ(66歳)。東京都北区出身。立教大学経済学部卒。 元テレビ朝日アナウンサー。フリー転身後はF1や競輪でも実況中継を担当した。