 
                       「辛酸の歴史」田中角栄の事件史外伝『越山会―最強組織はどうつくられたか』Part7~政治評論家・小林吉弥
旧選挙区制〈新潟3区〉内に網の目のように張り巡らされた各地越山会の中でも、こと婦人部は田中角栄の選挙になれば、半ば家事を放り出しても隣近所から親戚、友人の間を駆け回り、票集めに奔走した。その婦人部の〝貢献度〟は、特筆に値したと先週号で記した。
まさに越山会婦人部は、選挙となると常に公明党候補の当選にキッチリ票を出してみせる創価学会婦人部の〝実力〟に酷似していた。創価学会婦人部は、選挙の際の学会中核部隊として知られている。
そうしたうえで、越山会全体としても徹底した人海戦術で選挙に臨むのだから、票の〝水漏れ〟はほとんどない。かつて田中真紀子元外相が現職の頃、女史の秘書を務めていた須藤義雄が、田中角栄時代の選挙を次のように振り返っている。須藤は、田中の〝裏選挙〟を担当していたのだった。
「まず〝国家老〟の本間幸一筆頭秘書(長岡市の越後交通専務取締役を兼ねる)指揮のもと、各地越山会の実働部隊メンバーが戸別訪問に回る。それぞれの越山会選挙事務所には、役所の戸籍簿のような詳細な有権者名簿が用意されており、これをもとにした〝絨毯爆撃〟である。しかも、一人の有権者に事前アンケートを5回も行い、5回すべて『田中支持』に丸をつけた場合のみ票数としてカウントする慎重さだった。また、一方で越後交通の社員も動員され、こちらは二人1組となり、1日100軒ほどの戸別訪問をやったこともあった」(『週刊新潮』2015年12月17日号=要約)
有給休暇を取って〈新潟3区〉に入り1票に汗をかく人々
これに加えて、新潟県内には「誠心会」という集まりがあった。就職での口利きなどで、田中が骨を折ってやった人々の団体で、最終的には3000人の大学、高校、中学卒業生が名を連ねていた。彼らは選挙となると、わざわざ有給休暇を取って〈新潟3区〉に入り、友人、知人を訪ねては田中への〝報恩〟の1票に汗をかくのだった。例えば、一人が5票を固めれば、さらに1万5000票が上積みされる勘定になる。ちなみに、前述のアンケートを5回もやり、すべて「田中支持」と答えた者だけをカウントする件で言えば、公示後いざ選挙戦に入る頃には、田中の「最低獲得票数」は固まっていることになる。それに公示後の越山会婦人部や「誠心会」の運動も加わることで、当選は常に万全という状態になるのである。
ために田中は、5回目の当選となる郵政大臣就任後の昭和33(1958)年の選挙以降、引退するまでトップ当選を譲ったことがなかった。長岡越山会のある幹部は、こんなことまで口にしていたものだった。
「越山会の選挙運動は、じつは公示前には終わっていると言っていい。田中先生がロッキード事件で逮捕された直後の選挙でも、新聞、テレビなどは公示後も『10万票を切る可能性が高い』といった〝予想〟を伝えていたが、フタを開けたら16万票で楽々の当選だった。田中先生は公示前に、越山会からすでにこれに近い得票を固めていることを伝えられていた。そうしたメディアの〝予想〟にも、先生は自信たっぷり、ニヤニヤしていたね。越山会の底力を知らんメディアの連中が、とんだ大恥をかいた選挙だったのです」
こうした選挙に絶対の自信を持つ越山会の最高幹部の一人に、ある自民党の大物議員が、うらやましげにこう聞いたという話がある。
「キミ、仮に越山会に選挙の手伝い、動員を頼むとすると、どのくらいのカネが要るかね」
最高幹部が、即座に答えたそうだ。
「4000万円ですかね。請け負ったら、100%当選させますよ」
これは昭和30年代後半のやり取りで、現在の金額なら最低でも4億円から5億円に相当するから、べらぼうな話ではある。
橋の名前に込められた田中角栄への“報恩”
例えば、田中の生地である現・柏崎市西山町から刈羽郡刈羽村を通り、また柏崎市を流れる「別山川」という川がある。この刈羽村を流れる部分には、4本の橋が架かっており、それぞれ和田橋、市中橋、井角橋、東栄橋の名前が付いているが、真ん中の一字を抜き出すと「田中角栄」になるのである。かつて、この別山川には堤防もなく、雨が降ると付近の田畑はすぐ冠水して、稲作は全滅の憂き目に遭っていた。豪雨のときなどは住居への浸水で、大きな被害を出し続けていた。
田中は昭和40年頃、この別山川の河川改修に対して、得意の〝腕力〟で公共事業として予算を付けた。その後、別山川は川幅を拡大されて堤防も完成し、冠水の不安が解消した。稲作は毎年順調で、刈羽村の住民たちの生活安定に資することになったのだった。
別山川に架かった四つの橋の名前が、偶然ではなく意図的に「田中角栄」と読めるのは、住民たちが田中への〝報恩〟を明らかにしているからである。
田中と越山会の強固な絆は、新潟という「辛酸の歴史」を刻んできた土地柄の中でこそ生まれた、といっても過言ではないのである。
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