アウトロー

六代目山口組が分裂年内終結へ水面下で加速! 過熱する“兵糧攻め”

(C)週刊実話Web

分裂の年内終結を目指す六代目山口組(司忍組長)は、敵対組織の勢力吸収に重点を置き、水面下で動きを加速し始めているという。

「抗争の本線である神戸山口組(井上邦雄組長)はもとより、神戸側を脱退して独立組織として活動を続ける池田組(池田孝志組長=岡山)、さらにその池田組と連携を図る絆會(織田絆誠会長)に対しても、切り崩しを仕掛けるつもりのようだ。分裂問題が起きた当初、神戸側の勢力だった組織も、すべて六代目側に戻すというのが、目指している最終的な終結なのだろう」(業界ジャーナリスト)

六代目山口組による敵対組織への〝切り崩し〟は、髙山清司若頭の出所前にピークを迎えた。分裂から3年の節目となる平成30年には、8月末までを復帰期限と定め、各直系組織が組員の引き抜きに動いた。

中心となったのは六代目側の最大勢力である三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)で、期限を過ぎても動きを止めることはなく、結成約1年を迎えた絆會(当時は任侠山口組)からも、複数の最高幹部を含む大阪勢などが移籍した。

「神戸側、絆會から約1000人もの関係者を切り崩し、約半数が六代目側に復帰したといわれた。あえて期限を切った背景には、明確な時期を定めることで士気向上を図ったのと同時に、『戻らないならば敵と見なす』という最後通牒の意味合いもあったはずだ」(同)

その後も断続的に移籍が起きており、六代目側が手を緩める気配はない。ここへきて再び加速させようとしている理由は、年内終結を実現させうる具体的な動きがあったからだという。

「分裂問題の鍵は、神戸側・井上組長の意思次第だといえる。井上組長たちは六代目側のやり方に疑問を感じた末に、離脱、新組織の発足を実現させた。たとえ勢力に異変が生じようとも、その決意がブレないのであれば、神戸山口組は存続するだろう。実際、井上組長自身が『最後の一人になっても闘う』と発言したとも聞く。だからこそ、井上組長の心情に訴え掛けるような戦略を、打ち出してきたのではないか。五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)の六代目側復帰が、まさにそれだった」(同)

山健組は神戸山口組の中核であり、井上組長が四代目を務めた組織でもある。弘道会系組員への銃撃事件(一昨年8月)で実行犯として逮捕、起訴され、勾留中の中田組長が神戸側からの脱退を決意。独立組織として活動を続けていたが、今年9月に中田組長が「幹部」に就くことで、六代目山口組に復帰したのだ。

業界内外に衝撃を与えた山健組の移籍

「双方の最高幹部たちが席を持ったことで復帰は濃厚とみられ、業界内外が注目していた。山健組が戻るというのは、六代目側に反旗を翻した神戸側の大義名分を、崩すことにもなりかねなかったからだ」(同)

山健組の移籍は、業界内外に衝撃を与えた。他団体とも山健組独自の親交があり、神戸側傘下だった当時は、それが神戸側の一つの強みであったともいえる。しかし、山健組が六代目側に移籍したことで、〝業界のパワーバランス〟にも異変が生じたのだ。

「そういった外交面だけでなく、神戸側内部にも動揺を与えたはずだ。まだ、神戸側には山健組の元直参たちが残っているから、中田組長が『幹部』という将来性のあるポジションで迎え入れられた現実は、大きかっただろう」(同)

この山健組復帰を呼び水に、六代目山口組はさらなる〝切り崩し〟を仕掛ける戦略とみられる。

しかし、当初から両山口組の間では組員の引き抜きを巡るトラブルが勃発。抗争事件にも発展してきた。

大きな衝突として緊張が走ったのは、分裂直後に起きた長野県飯田市での組員射殺事件(平成27年10月)だった。

「この事件は開戦の合図にもなった。六代目勢が拠点を置く飯田市に神戸勢が進撃して、組員の引き抜きを活発化させたために、内部粛清として移籍した組員が射殺されたとみられたんや」(ベテラン記者)

分裂問題は混迷の度合いを深め、ついには神戸側の直系組織の移籍に繋がる事件も発生した。

「昨年8月には当時、神戸傘下だった二代目木村會の最高幹部が、六代目系組員によって銃撃されたんや。その後、木村會勢は六代目側に加入しとるから、銃撃事件は強い警告やったんとちゃうか」(同)

さらに、昨年12月には同じく神戸傘下だった三代目熊本組若頭の拠点で発砲が起き、若頭らは脱退。のちに六代目側に移籍し、トップの藤原健治組長も自宅への発砲事件の直後に引退したのである。

「武力行使によって、神戸勢に進退を迫っとったんやろな。それは、井上組長へのプレッシャーでもあったはずや。けど神戸側には、まだ名門組織が残っとるからな。警察もずっと動きを警戒しとるで」(同)

その名門組織を率いるのは、神戸山口組の副組長を務める入江禎・二代目宅見組組長(大阪中央)であり、入江組長は分裂の首謀者の一人といわれている。警察当局も重要人物と捉えており、特定抗争指定の警戒区域内に構え、すでに使用禁止である宅見組本部に対し、警察主導とみられる暴追センターによる使用差し止めの仮処分も決定した。

「シノギ=軍資金」と捉えている警察当局

「五代目山口組(渡辺芳則組長)時代に若頭を務めた宅見勝組長が興した組やから、山口組にとっては重要な組織やで。そこが、神戸傘下におるいう現状を、六代目側は苦々しく思っとるんやないか」(同)

六代目山口組の〝切り崩し〟が及ぼす影響は、井上組長の心情に対してだけではない。人員確保はシノギにも直結する話だという。

「どこまでいっても、俺らは看板で飯を食ってるからね。他組織がひしめく縄張りを維持し続けるにも、代紋が物を言う。それが難しくなれば、必然的にシノギが減って飯が食えなくなる。関東なんて特に大きい団体が本拠を構えているから、付き合いができなくなれば厳しい状況になる。六代目側の親戚団体とは、『昨日の友が今日の敵』になったと聞く」(他団体幹部)

その反面、六代目側に復帰した組員との付き合いは、より濃厚になったという。

「うちはシマが隣り合ってもいなかったから、神戸側の人間とトラブルになることはなかった。それでも、復帰した関係者たちからは『今後ともよろしく』と、改めて挨拶があったほどだ。シノギでバッティングすることはないにせよ、平和共存路線を明確にしたかったんじゃないかな」(同)

六代目山口組と神戸山口組との抗争下にあって、警察当局は「シノギ=軍資金」と捉えている面がある。弘道会側への用心棒代などに関する逮捕が相次いだのも、抗争抑止に繋げる考えがあったからのようだ。

「警察の目的は抑止であって、それは六代目側が活発に切り崩しを展開させとるからやろ。人員が戻れば戻るほど、シノギも厚くなるからや。逆に言えば、六代目側の引き抜きは敵対する神戸側のシノギに、影響を与えることになる。ある意味、神戸側の〝体力〟を奪う兵糧攻めといえるんちゃうか」(関西の組織関係者)

組織ごと復帰した組長の中には、山健組・中田組長だけでなく六代目山口組の直参に昇格した例もある。

四代目山健組最高幹部だった植野雄仁・二代目兼一会会長(大阪中央)は、六代目直系傘下に移籍後、令和元年11月、直参に昇格。また、分裂当初は宅見組傘下だったが脱退し、独立組織としての活動を経て六代目側・二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)に加入したのち、神戸側・池田組から再度、復帰を果たした山田一・三代目杉本組組長(岡山)も同時期に昇格した。

「神戸直系傘下の組長たちは処分対象になっとらんから、〝移籍組〟でも実力さえあれば直参に取り立てられるいうことや。まあ、どっちの水が甘いとかは抜きに、最後は本人の心情やと思うけどな」(同)

持久戦にもつれ込んだ分裂問題。六代目山口組による次の〝くさび〟は、どこに打たれるのか――。

あわせて読みたい