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六代目山口組による“切り崩し”活発化――「完全制圧」に向けた血の最終戦略!

(C)週刊実話Web

総勢約40人の捜査員が詰め掛けた六代目山口組(司忍組長)傘下の五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)本部前は、騒然となった。多くの報道陣も駆け付け、無数のカメラがフラッシュを浴びせる中、捜査員が山健組幹部に捜索令状の確認を求める。11月10日に山健組・松森治若頭補佐が貸金業法違反の疑いで兵庫県警に逮捕されており、12日、それに関連して家宅捜索が行われたのだ。

「高金利で貸金業を営んだとするものです。別の事件で逮捕されていた会社役員の関連ガサで押収された資料の中から、その記録が見つかったようでした」(全国紙社会部記者)

松森若頭補佐は容疑を否認しており、取り調べが続けられている状況だ。

山健組は神戸山口組(井上邦雄組長)を脱退して以降、独立組織として活動を続けていたが、9月に六代目山口組へ復帰。警察当局も六代目傘下組織として認定したばかりで、復帰後では初の家宅捜索となった。

そのためか捜索には県警の気合いが感じられ、山健組本部の他に「山健会館」と呼ばれる関連施設を含む、周辺3カ所の建物も入念に調べていた。倉庫の入った建物では、棚に分けられた荷物を一つ一つ確認して写真を撮り、10時過ぎに始まった捜索が終了したのは、11時半ごろのことだった。

さらに県警は、その足で同じ神戸市内にある七代目健竜会本部にも家宅捜索を実施。松森若頭補佐の事件とは別で、健竜会系組員による詐欺事件に関する捜索だったようだ。

「山健組も傘下の健竜会も、特定抗争指定の警戒区域内に本部を構えとるから、立入禁止で事務所はずっと無人やで。せやのに、こない入念に捜索したのには訳がありそうやな。山健組が六代目側に復帰して約2カ月が経ち、健竜会でも蜜岡伸貞七代目の継承盃儀式が1週間前に執り行われとる。このタイミングでのガサやから、単なるパフォーマンスいうよりも、県警は情報収集に力を入れとるんやないか」(地元記者)

なぜならば、山健組の今後の動向が、山口組の分裂戦に影響を与える可能性があるからだという。

「六代目側に復帰した山健組には〝課題〟が残されとる。神戸山口組側に残留した旧山健組勢の中には、二代目健國会といった名門組織も所属しとるから、それらの引き抜きが目下の重要案件といわれとるんや。他の六代目直系組織には加入させないらしく、山健組のことは山健組が、とする方針のようやで」(同)

分裂終結に繋げる戦略

一方で、六代目側は他組織に容赦ない〝切り崩し〟を開始するという。

「神戸側の最高幹部が率いる主要組織はもちろん、脱退した池田組(池田孝志組長=岡山)に対しても、いよいよ仕掛け始めるようだ。ただ、池田組は結束が固いから、六代目内部では『慎重に』とする通達も出ていると聞く」(他団体幹部)

岡山県を巡っては、分裂当初から射殺や銃撃事件が起きており、岡山市と倉敷市が特定抗争指定の警戒区域に定められた。しかし、10月に岡山市が解除されると、六代目側は二代目大石組(井上茂樹組長=岡山)の本部で会合を開催。執行部会も行われ、11月3日には六代目山口組・髙山清司若頭が岡山に一時、入った。

「岡山における神戸側傘下の直系組織は姿を消したが、池田組は独立組織として活動を続けている。そこを攻めると同時に、神戸側の主要組織への切り崩しも活発化させ、分裂終結に繋げる戦略なのではないか」(同)

当初から活発に組員引き抜きを図り勢力を拡大してきたのは、六代目側の中核組織である三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)だった。特に野内正博若頭の野内組の勢いは凄まじく、直近では神戸側・旧山健組の島田潔希・兼勝会会長ら東北勢を吸収。島田会長は弘道会直参に昇格した。

「池田組への切り崩しに関して、表立って弘道会の名前は出ていないが、分裂直後には弘道会系ヒットマンが池田組若頭を射殺する事件があった。再び、武力行使の危険性も水面下では高まっているようだ」(同)

抗争の本線である神戸側との対立とは別に、キナ臭さが漂っているのだ。

一方、武力行使を続けた六代目山口組には、抗争の爪痕も残っている。

11月12日、兵庫県尼崎市で神戸山口組・仲村石松若頭補佐(三代目古川組組長=兵庫尼崎)ら2人を銃撃したとして殺人未遂、銃刀法違反の罪に問われた六代目山口組系三代目司興業(森健司組長=愛知)の藤村卓也若頭補佐と、司興業傘下で川﨑誠治若頭の川﨑組・加藤伸治幹部の初公判が神戸地裁で開かれた。起訴状によると2人は共謀の上、昨年11月3日、仲村組長に拳銃2発を発砲して左右の太腿に命中させた。発砲音を聞いて駆け付けた古川組幹部にも2発発砲し、1発が左手の甲に命中。重傷を負わせたとされる。

抗争の被害組員が証人出廷するのは異例

罪状認否で2人は、「殺意はまったくなかった。威嚇するために発砲した」として否認。検察側は、藤村若頭補佐が岡山県警の捜査員を装い「逮捕状が出ているので、(事件現場横の)コンビニに来てほしい」と携帯電話で仲村組長を呼び出し、加藤幹部が背後から拳銃を発射したと明らかにした。さらに犯行後、2人は車両で逃走し、使用した回転式拳銃を神戸市長田区内の川に捨てていることなどから、「殺意や犯行の計画性があった」と指摘。

これに対して弁護側は、「動機は藤村若頭補佐の個人的な怨恨で殺意はなく、仲村組長を痛めつけようとした。加藤幹部には『上半身を撃つと死ぬので太腿を撃つこと、威嚇射撃をすること』を指示していた」と述べた。古川組幹部への発砲についても、「威嚇のために撃ったが、向かって来たために地面を撃ったのが当たった」と殺意を否定し、いずれも傷害罪を主張したのだ。

殺意の有無が争点となり、検察側は証人出廷した法医学者の証言から、「少しでもズレていたら大動脈を損傷し、失血死した可能性がある」と主張。さらに、検察側証人として被害者の古川組幹部が別室から音声のみで証言し、当時の状況について「鉢合わせになり、『いわしたれ!』と聞こえて発砲された。(銃口が)身体のどこに向けられていたかは分からなかったが、外して撃ったとは考えられない」と振り返った。

「抗争の被害組員が、こういった形とはいえ証人出廷するのは異例や。仲村組長に対して加藤幹部はほぼ密着した状態で発砲しとって、殺害が可能やったのに脚を撃っとることから、検察側は殺意の立証のために被害者の証言を必要としたんやないか」(ベテラン記者)

傍聴席には司興業の川﨑若頭ら最高幹部が姿を見せ、公判の行方を見守っていた。

また同日には、弘道会・南正毅若頭補佐の愛知県暴排条例違反事件に関する公判も、名古屋地裁で幕を開けた。南若頭補佐は県暴排条例違反の別の罪で服役する中、昨年7月に今回の事件で逮捕、起訴され、刑の満了後も勾留が続いていた。

愛知県が定める暴排条例特別区域の店から用心棒代を授受したとするもので、金銭を直接受け取った秘書役の組員も共謀に問われているが、2人はそれを否定。争点は南若頭補佐による秘書への指示、店側との合意があったのか、服役前に用心棒代を支払うよう伝えたのか、となった。

最終段階に入ったといわれる山口組の分裂劇は、警察、司法との闘いも激しさを増している。

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