佐々木健介「正直、すまんかった」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

今やテレビでは〝鬼嫁〟北斗晶の尻に敷かれる恐妻家として、好感度タレントにも挙げられる佐々木健介。しかし、プロレスラーとしての評判は決して芳しいものではなく、パワー頼りの試合運びやセンスのないマイクに、否定的なファンも少なくなかった。

インターネットの掲示板において、プロレス関連の最も有名な言葉に「ノアだけはガチ」がある。

これは2001年にミスター高橋が著書『流血の魔術 最強の演技』で、プロレスの仕組みをレフェリー視点で明かした後、プロレスリング・ノアのファンが「あれは新日本のことを書いただけで全日本やノアには関係ない」「全日系の選手はみんなガチでやっている」などと言い出したのが、そもそもの始まりとされる。

そして、03年ごろから小橋建太の〝絶対王者〟路線が始まると、「ノアこそ本物」と主張する信者的ファンの勢いは増し、これに対して他団体のファンがあざけりを含みつつ、「はいはい、おっしゃる通りです。ノアだけはガチですね」といった感じで使われるようになった。

2ちゃんねる(現在の5ちゃんねる)プロレス掲示板のトップにも、三沢光晴のコスチュームを着たドラえもん風キャラクターが、「ノアだけはガチ」と話すイラストが描かれていたものだった。

その後、ノアの興行不振が目立ち始めた10年あたりからは、これが転じて「ノアだけはガラガラ」と言われることも増えている。

今では佐々木健介の言葉と知らずに使う人も…

さて、それと並んで目立つプロレス関連用語が、今回取り上げる「正直、すまんかった」だ。ネット掲示板では、発言主である佐々木健介を模したアスキーアート(文字や記号を並べて作るイラスト)とともに使われるケースも多い。

なぜ、このセリフがポピュラーになったかといえば、言葉自体に「おかしみ」があり、さほど深刻ではない洒落交じりの謝罪などに使いやすいことが大きな理由だろう。今ではこれを言ったのが佐々木健介であることすら知らずに、使っている人もいるに違いない。

この言葉を健介が発したのは01年3月17日の愛知県体育館大会。スコット・ノートンに敗れて、IWGPヘビー級王座を失った後のことだった。

PRIDEの舞台で〝霊長類最強〟マーク・ケアーや元UFC王者のケン・シャムロックらを下し、名を上げての新日凱旋となった藤田和之に対して、健介は「ベルトを懸けて4月9日の大阪ドーム大会でやってやる」と宣言していた。

しかし、その直前のタイトル戦でノートンのジャンピング・ラリアットに撃沈し、事もあろうにベルトを失ってしまったのだ。

その試合後、会場を訪れていた藤田はリングに上がると、「4月9日の大阪ドーム。『タイトルを懸けなければ出ない』と言いましたが、しょうがないんで俺は出ます。その代わり新日本プロレス! 覚悟して待ってろよ。叩き潰してやるからな!」と発言。渋々ながらも健介との対戦を口にした。

そこへ控室から戻ってきた健介が、次のように語り出した。

「藤田、正直、すまんかった。ベルト。でも今、俺はもう失うものは何もない。リングに上がるんだったら、とことんやろうよ」

対戦予定の相手に、いきなり謝罪など前代未聞。完敗の後だけに威勢のいい言葉を発しにくかったのだろうが、とはいえ、言われた藤田もさぞ拍子抜けしたに違いない。

そんな間の抜けた物言いはプロレスファンに失笑されて、〝塩介〟なる呼び名(しょっぱい試合が多い健介の名をもじったもの)とともに広まっていった。

雪辱を期するも6分余りで完敗した佐々木健介

ところが、この健介の発言に激怒したのが、会場の袖で聞いていたアントニオ猪木である。

記者に囲まれた猪木は、「すまん、ごめんと謝るやつが藤田とやって面白いわけがない!」と、藤田の対戦相手を新王者となったノートンに変更し、これを独断で発表した。

猪木の信条である「怒り=闘魂」を見せるどころか、謝罪というあり得ない選択をした健介への失望。また、健介の後ろに見える当時の現場監督・長州力が、「藤田にベルトを渡さないため、あえてノートンに王座を移譲した」との推察から、これに腹を立てたということもあっただろう。

結局、大阪ドームではノートンVS藤田のタイトル戦が組まれて藤田が勝利。晴れてIWGP王者になったものの、プロレスより総合格闘技を優先すること、年末にアキレス腱を断裂したこともあり、わずか二度の防衛戦を行っただけでベルトを返上している。

一方の健介は、猪木の刺客として送り込まれた橋本真也(ZERO-ONE)と対戦。顔面蹴りをモロに喰らって、あえなくKO負けを喫してしまった。その後、健介は戦線を離脱し、渡米して総合格闘技の修行を積んだ。

雪辱を期した健介は同年10月8日、東京ドームで藤田戦に臨んだが、6分余りで完敗を喫する。さらに翌年の1・4では小川直也と、両軍セコンドが乱入を繰り広げるばかりという意味不明の試合を行って、さらに〝健介株〟を下げることになったのだった。