『梅切らぬバカ』
監督・脚本/和島香太郎
出演/加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹、林家正蔵、高島礼子
配給/ハピネットファントム・スタジオ
50歳になる自閉症の息子〝忠さん〟と母親の何気ない日常を丁寧に描いた本作。
都会の古民家で占い師をしながら女手一つで育ててきた母親珠子役には、54年ぶりに主演を務める加賀まりこ。ほんわかしたただの善人ではなく、行列のできる占い師としてしっかり見料を取り、自治会では毅然と物申す気丈な役どころが、想像以上にハマっていました。地に足のついた市井の人も演じられる女優として、70代にして新境地を拓いたのではないでしょうか。
そして自閉症の息子・忠男にはドランクドラゴンの塚地武雅。心は純な子供のまま、50歳のオヤジになってマイペースで暮らす姿が実にチャーミングです。
本作は文化庁の「若手映画作家育成プロジェクト」の研修完成作品だそうです。38歳とまだ若い監督の長編2作目ですが、単なる親子愛ではなく、ややもすると描きにくいと思われる、自閉症の方と地域の関係まで切り込んだ秀作です。自閉症だけでなく、他の障がいや認知症などの方々って実はとても身近な存在なんですよね。パンフレットによると、監督自身もてんかんの持病をお持ちだそうです。
ありのまま生きていいという監督のメッセージ
そうした病の不条理と、地域社会での孤立はそこここに存在しているのに、まるで見えていないかのように暮らす世間の人々。そんな現実を声高に問題提起したり、逆に感動ドラマにしたりすることなく、淡々と描写して、いきなり終わるところがうまいなと思いました。かえって余韻が残って、見終わった後も親子の暮らしの続きを考えてしまうんです。
自分の知り合いにも、自閉症の方々が暮らすグループホームを経営される方がいます。時々、ホーム通信のような印刷物を送っていただいたり、こちらもささやかながら賛助金を送ったり、絵手紙を書いたりする関係です。実はその知人にも自閉症の娘さんがいらっしゃる。子供が社会の中で自立して生きられる環境づくりに、老親としての使命感があると拝察しています。
加賀まりこ演じる珠子にも、障がい者の親としての覚悟や想いがやけに伝わってくるなと思ったら、実生活で自閉症の連れ子がいる方と事実婚していたということを、ネットニュースで読んで知りました。
ところで、本作のタイトルは「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」ということわざから取られています。植物も人も特性を認め合って、そのままで生きていいという監督のメッセージが伝わってきます。
しかし、何にでも文句をつけたがるSNSで「バカとは何だ」と炎上しないか、やや心配でもありますが。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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