平田淳嗣/スーパー・ストロング・マシン「しょっぱい試合ですみません」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”
「しょっぱい」とはもともと相撲界の隠語で、〝塩のまかれた土俵に這ってばかりいる=弱い〟との意味だという。プロレス界ではこれが転じて、主に見栄えの悪い試合やパフォーマンスなどを指して使われるようになった。これをファンの前で初めて披露したとされるのが、スーパー・ストロング・マシンである。
現実の会場においては、満場の「マシン!」からの「ヒラタ!」コールに包まれ、スーパー・ストロング・マシン(平田淳嗣)のプロレス人生でも、ピークとも言えるほど大盛り上がりとなったが、試合後の「こんなしょっぱい試合ですみません」の言葉があまりにも有名になったことで、試合自体がふがいなかったと勘違いしているファンも多いのではないか。
相容れぬ蝶野正洋とスーパー・ストロング・マシンのコンビ
1994年8月のG1クライマックス決勝で、パワー・ウォリアー(佐々木健介)を破り自身三度目の優勝を果たした蝶野正洋は、会場に向かって中指を突き立てたり、優勝賞金の小切手を模したパネルを投げ捨てたり、荒れ狂った揚げ句に「武闘派転向」を宣言。昔ながらの悪役というよりは、いわばダークヒーローを目指した形であったが、当初は受け入れるファン側も戸惑いを隠せなかった。
転向初戦となった馳浩とのシングルマッチこそは、馳を血だるまにしてSTFで快勝したが、グレート・ムタ戦では逆にラフファイトを仕掛けられて辛勝。王者・橋本真也に挑んだIWGP戦にも敗退してしまう。
一匹狼と言えば聞こえはいいが、行き先不透明な蝶野に対して共闘を申し出たのがマシンだった。マシン軍団に始まってジョージ高野との烈風隊、カルガリー・ハリケーンズ、後藤達俊、ヒロ斎藤、保永昇男とのブロンド・アウトローズ(のちにレイジング・スタッフに改名)、阿修羅・原や邪道、外道との反WAR軍など、ヒールユニットでの経験豊富なマシンに、蝶野をサポートさせようという新日本プロレスの意向によるものだったと思われる。
しかし、蝶野はこれを公然と拒否してみせた。すっかり中堅どころに落ち着いた感のあったマシンとのコンビでは、自分もその轍を踏まされるとの危惧があったのだろう。
それでも会社側の要請により、蝶野とマシンのコンビはSGタッグリーグにエントリーしたのだが、これを不服とする蝶野は徹底してマシンとのタッグに反発する。タッチ拒否は当たり前、ケンカキックやラリアットの誤爆からの報復合戦や、試合中に蝶野がマシンのマスクを剥ぐという暴挙にまで及んだ。優勝決定戦は入場も1人ずつで、およそタッグとしての体を成さなかった。
のちに平田は当時を振り返って、「実際に控室でも揉めてばかりいた」と語っている。あえてプロレス的に不仲を演出していた部分もあっただろうが、現実でも「会社の売り出し方針」と「それに抗う蝶野」「両者の仲を取り持つ中間管理職的立場のマシン」という構図があったようだ。
それでも共に、試合の組み立てに長けていることもあって、当時、IWGPタッグ王座にあったホーク&パワー・ウォリアーのヘルレイザーズを破るなどして、なんとか優勝戦まで勝ち進んだ。
いつしか以前のマスク姿に戻る
優勝戦の相手は武藤敬司と馳。優勝を目指すマシンは、蝶野がピンチとなれば救援に入るなどタッグパートナーの役割に徹するが、一方の蝶野はマシンがSTFを繰り出すと、「俺の技を使うな」とばかりにマシンを攻撃し、それまでと同じく険悪な態度のままだった。そんな蝶野に業を煮やしたマシンは、怒りのままにラリアットを放つと、自らマスクを脱いでこれを投げつけた。すると、ここまで散々、理不尽な目に遭ってきたマシン=平田に感情移入したファンは、一斉に大声援を送る。これに蝶野は「やってられない」と試合を放棄。試合中にもかかわらず、リングを降りて控室へ引き上げてしまった。
1人になった素顔の平田は、馳の裏投げから武藤のムーンサルトプレスへとつながれ、フォール負けを喫する。そして、試合後にマイクを渡されると、「みなさん、こんなしょっぱい試合ですみません」と涙ながらに叫んだのだった。
とはいえ因縁が渦巻いた試合は、その意味において「しょっぱい」どころか見どころ十分であったに違いない。それでも平田は仲間割れからの試合放棄を「よし」とせず、観客に頭を下げた。そんな平田の生真面目さを笑う声は少なく、大半の観客は惜しみない拍手を送ることとなった。
その後、平田は素顔に戻って正規軍入りすると、橋本のパートナーとしてIWGPタッグ王座を獲得。シングル戦でも因縁の蝶野や新星の天山広吉などから勝利を収めるなど、トップクラスでの活躍を続け、1995年9月には武藤の持つIWGP王座にも挑戦した。
しかし、いつしか平田は以前のマスク姿に戻って、再び中堅クラスに定着。その一方、蝶野は〝黒のカリスマ〟として絶大な人気を獲得することになる。SGタッグ優勝戦で送られた平田への声援が、時を経て蝶野に向けられることになったとも言えるだろう。
ファンとはかように無邪気でうつろいやすいものであり、長年にわたってトップの座を守り続けることがいかに困難であるか、平田は体現したと言えるのではないか。
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