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五代目山健組射殺組員の三回忌法要に密着! 抗争の爪痕と新たな出発

(C)週刊実話Web

一昨年の10月10日、五代目山健組本部そばの路上が赤く染まった。胸から血を流してすでに動かなくなった組員と、喉から噴き出す血に喘ぐ組員の姿に、関係者らは殺気立った。放たれた銃弾は2発。それぞれ心臓と喉に当たり、駆け付けた組員らは取り押さえた男を袋叩きにした。

ヒットマンとなったのは、三代目弘道会傘下の十代目稲葉地一家に所属する丸山俊夫幹部だった。持病を抱え余命わずかであったことから、覚悟の上での犯行とみられた。実際に事件から約1年後、丸山幹部は初公判を前に拘置所で病死した。

この事件は、五代目山健組・中田浩司組長が実行犯とされる弘道会系組員銃撃への報復といわれた。さらに、当日は山健組の定例会が行われており、丸山幹部は週刊誌記者を装って至近距離に立っていた。その本当の目的は、中田組長銃撃だったとも囁かれたのだ。

しかし、互いに血を流しながらも、今年9月に五代目山健組は六代目山口組傘下となった。

「組員からは『あの事件の光景が今も鮮明によみがえる』といった声もあるそうやから、爪痕はまだ消えとらん。けど、中田組長が決めた以上、志を新たにしていくしかない」(地元関係者)

墓石を見つめる眼差しは慈愛に満ちたものだった

射殺された福富組・中川健司組員と三代目宮鉄組・佐藤隆保組員の今年の命日には、三回忌法要が営まれ、山健組本部そばの寺に直参らが焼香に訪れた。特定抗争指定の警戒区域内のため、それぞれ少人数で現れ、3時間以上にわたって続いた。

山本健一初代の墓所と、山健組の供養塔がある神戸市内の霊園でも墓参が行われ、防弾チョッキを着て拳銃を携帯した兵庫県警捜査員らが警戒に当たる中、物部浩久若頭をはじめ直参らが姿を現した。死亡した組員らの遺骨が納められた供養塔には、故人が生前、好んで飲んでいたというジュースが供えられていた。

寺での法要の責任者だった宮鉄組の松森治組長は、法要を終えたのち最後に霊園に駆け付けた。晴れ渡る青い空と緑豊かな六甲山を背に、供養塔の前でひざまずくと、線香を差して静かに手を合わせ、数秒間、墓石を見つめていた。

その眼差しは、まるで失った自身の子分を見つめるかのような慈愛に満ちたものだった――。

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