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六代目山口組最高幹部“異例”の逮捕…「石井一家VS池田組」殺人未遂事件余波

(C)週刊実話Web

六代目山口組(司忍組長)最高幹部の逮捕に、業界内が揺れた。9月28日、生野靖道若頭補佐(四代目石井一家総長=大分)が、大分、宮崎両県警に「身柄をとられた」という一報が駆け巡ると、組織関係者らは情報収集に奔走した。それは警察当局内でも同様で、警視庁や他府県警まで状況把握に躍起となった。なぜならば、分裂抗争に関連した逮捕とみられたからだ。

「当初は、何の事件かも容疑も定かやなかった。けど、抗争事件だったとしても生野若頭補佐が実行犯なはずはないから、指示役としての逮捕やないかと言われとった。〝突き上げ捜査〟かと囁かれとって、五代目工藤會の野村悟総裁(福岡)が〝推認死刑〟になった件も影響してか、組織関係者たちはナーバスになっとったで」(ベテラン記者)

一報から数時間後、生野若頭補佐逮捕の全容が明らかになると、さらに衝撃が走った。今回の容疑は、昨年9月14日に池田組(池田孝志組長=岡山)傘下志龍会の中岡慎太郎幹部が、石井一家傘下四代目江口組・下藤勝一郎組長によって、頭部や腰などを包丁で刺された殺人未遂事件に関する組織犯罪処罰法違反(殺人未遂)と判明したのだ。

志龍会は山口組の分裂後、石井一家の宮崎県内における一部勢力が池田組に移籍して結成した組織で、地元では六代目側との睨み合いが続いていた。ところが、平成28年8月に石井一家の元関係者といわれる人物が、志龍会系組長らと突発的なトラブルに発展し、腹部を刺されて死亡する事件が発生。以後、襲撃事件などが断続的に起き、双方から複数の逮捕者が出たため、警察当局も刺殺事件が対立の〝発火点〟として警戒を続けていたという。

「池田組は昨年7月に神戸山口組(井上邦雄組長)を脱退したんやが、脱退の当日にも石井一家と衝突しとる。その報復として中岡幹部が刺されたようで、神戸山口組傘下ではなくなったとしても、対立関係にあるのは変わりない、いうことや。しかも、この事件ではこれまでの石井一家と池田組との対立では用いられなかった刃物が使われとる。一気に緊張が増したんや」(同)

事件は中岡幹部の自宅マンション駐車場で起き、110番通報を受けた警察官が頭部や腹部を負傷した中岡幹部を発見。その後、下藤組長は宮崎県警宮崎北署に出頭し、殺人未遂容疑などで逮捕、起訴された。

ただ、現場に駆け付けた警察官に対し、中岡幹部は下藤組長の他にも姿を見たと訴えていたという。

岡山県内でも再び事件が起きかねない…

これを受けて県警は捜査を進め、今年7月5日、現場から逃走していた大分県在住の建設業の男ら2人を、下藤組長と共謀したとして逮捕。2人は傷害罪で起訴され、9月17日の初公判では起訴内容を全面的に認めていたのだった。

「けど、両県警はさらに事件を追及しとったんや。下藤組長たちの押収品や、事件前後の通話履歴なんかも追っとって、そこから生野若頭補佐を筆頭に、石井一家のナンバー2といった最高幹部を含む8人の関与が浮上したそうや」(同)

池田組では、平成28年5月に髙木昇若頭が三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)系組員によって射殺された。髙木若頭を中心に、池田組が六代目山口組からの組員引き抜きを活発に行っていたことが、射殺事件の要因といわれた。昨年5月には、またしても池田組の前谷祐一郎若頭が大同会(森尾卯太男会長=鳥取)最高幹部に銃撃され、重傷を負う事件が発生。六代目山口組との間には、今も遺恨が残っているはずだ。

しかし、9月16日に岡山県公安委員会は池田組の神戸山口組離脱を確認。独立団体に指定する方針とみられ、10月7日には特定抗争指定の警戒区域に定められていた岡山市の指定が解除された。宮崎県内で続く対立を見る限り、六代目山口組と池田組は依然として敵対関係にあり、警戒解除を機に岡山県内でも再び事件が起きかねない状況なのだ。

「宮崎県内で衝突の〝発火点〟となった石井一家元関係者への刺殺は、突発的なものではあったが、約2カ月半前に池田組若頭が射殺されていたため、志龍会勢も警戒を強めていた上で起きた事件と思われる。この刺殺事件の判決を巡っても事件が発生し、石井一家系組長が逮捕された。断続的に衝突が起きてきた現状をみれば、双方がまだ臨戦態勢にあるのは明白だろう。ましてや、石井一家トップの生野総長まで逮捕される事件となれば、相当に深刻化していたのではないか」(業界ジャーナリスト)

前述の通り、生野若頭補佐が関与したとされる刺傷事件は昨年9月に起き、今年7月に実行犯以外の2人も逮捕された。大分、宮崎両県警は発生から約1年以上を費やし、〝指示役〟という容疑を立件したことになる。

「事件当時、池田組は神戸山口組を脱退していたとはいえ、対立に関する案件だったからこそ、両県警も指揮命令系統を割り出すため執拗に追及したとみえる。そうでなければ、実行犯たちのさらに上まで逮捕には乗り出さないだろう。しかも、生野総長は六代目山口組の最高幹部だ。単なる〝微罪逮捕〟ではなく、業界内でも少なからず危機感があるようだ」(同)

山口組史上61年ぶりの逮捕

神戸山口組との一連の分裂抗争では当時、「幹部」だった秋良東力若頭補佐(秋良連合会会長=大阪浪速)と能塚恵・三代目一心会会長(大阪中央)が、神戸系組員への襲撃事件で凶器準備結集などの容疑で、平成28年に逮捕された。しかし、今回の分裂抗争において、殺人や殺人未遂といった事案での直参逮捕は前例がない。

直近の抗争での殺人事件でも住吉会(現・関功代表、小川修司会長=東京)傘下との「埼玉抗争」で、平成22年に落合勇治・二代目小西一家総長(現・三代目小西一家総裁)が組織犯罪処罰法違反(殺人)で逮捕、起訴された例しかないのだ。

「落合総裁は当初、殺人容疑で逮捕されたが、殺人罪での起訴は難しいとなり、いったん処分保留になった。しかし、その後に多数の組員が関与していたことから、検察は組織犯罪処罰法の適用に踏み切り、組織的殺人で起訴した。組織的な犯罪を処罰する同法がなければ、罪には問えなかったかもしれない」(山口組ウオッチャー)

抗争事件での最高幹部逮捕は、山口組史上を振り返っても、田岡一雄三代目時代の昭和35年に起きた「明友会抗争」にまでさかのぼる。山口組は100人を超える逮捕者を出し、その中には最高幹部や複数の直参が含まれ、報復隊を率いて指揮した加茂田重政組長らが長期服役。しかし、最高幹部は起訴されなかった。

その後の山口組の主な抗争、松田組との「大阪戦争」や一和会との「山一抗争」においても、報復を指示したとして最高幹部が逮捕されることはなかったのだ。

「大阪戦争では、報復戦に関与したとして当時の直参だった玉地健治組長(六代目舎弟で引退)が殺人罪で逮捕、起訴されて長期服役した。警察当局は報復の総指揮を執った山本健一若頭(山健組初代)にまで捜査の手を伸ばそうとしたが、結局至らず、そうした例が大半だった。山口組最高幹部の逮捕となると、過去の抗争でもハードルは高く、今回の生野若頭補佐の逮捕が、いかに異例か分かるだろう」(山口組ウオッチャー)

生野若頭補佐の逮捕当日には、組員による特殊詐欺事件に関連して警視庁が神戸山口組・井上組長の自宅に家宅捜索を行った。末端組員の事件でトップの自宅まで捜索した背景には、警察当局の警戒強化の姿勢がうかがえた。

また、六代目山口組直参の新井錠士・二代目章友会会長(大阪北)が、組員の脱退を妨害したとして組織犯罪処罰法違反などの罪に問われた裁判に関して、大阪高裁は控訴を棄却(一審=懲役2年、執行猶予5年)。山口組の分裂抗争は、当局による取り締まり激化と比例しているといえそうだ。

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