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「浮気はしない」田中角栄の事件史外伝『越山会―最強組織はどうつくられたか』Part6~政治評論家・小林吉弥

衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影(C)共同通信社

田中角栄の選挙区である〈新潟3区〉内にあった後援会「越山会」が、なぜ田中に大量の票を出し続けたかの側面に、各地越山会婦人部の存在があった。

筆者が、かつて取材した長岡越山会の幹部は、こう言っていた。

「どこの越山会も、会員の半分が女性というのが大きな特徴だ。それも無理して会員になっているのではなく、田中先生が大好きということで、人から入会を誘われることなく、率先して会員となっている女性が大半なのだ。個々の女性が、精神的には田中先生と直につながっているという認識なのです。

例えば、先生が車から降りると、待ってましたとばかりに、女性会員はSPの制止もなんのその、ダーッとわれ先に先生に駆け寄る。なかには、背広の裾をつかんでスリ寄っていく勇敢なのもおる。徳島の三木武夫、群馬の福田赳夫、香川の大平正芳に、スリ寄る女性はおらんでしょ。田中先生は〝別格〟ということだ。

ロッキード逮捕でちょいと屋敷を留守(東京拘置所収監)にされておったとき、婦人部の有志はバスを連らねて続々と目白へ向かった。主のおらん屋敷の庭は草ぼうぼうではないか、〝女ごころ〟で庭の草むしりをやってきたものだ。先生には、女性を惹きつける摩訶不思議な吸引力がある。そこが、三木、福田、大平らの大物と、大きく異なるところだ。先生が選挙に強い秘密の一つというこっちゃ」

田名角栄“モテエピソード”枚挙にいとまなし

ちなみに、南魚沼郡(現・南魚沼市)の六日町越山会幹部は、田中と越後女性の〝相思相愛〟ぶりについて、こんなエピソードを語ってくれたものである。

「田中先生は新潟近県での宴席で、こう言うことが多かったそうだ。『越後出身の芸者はおらんか』と。本当に、新潟を愛しておったということだ。

その先生のモテっぷりでは、こんな話もあるぞ。あれは郵政大臣になった直後だったが、六日町越山会が大臣就任の歓迎祝賀会をやったんだが、先生、終始、上機嫌で、しきりにトイレに立つそぶりをしつつ、会場を抜け出すチャンスをうかがっておった。

ところが、座敷の障子に警備の者の影がチラチラし、先生はついに〝脱出〟をあきらめたんだな。『警備が寝ないで番をしているのに、ワシが出ていくわけにはいかんなぁ。やめたッ』と。この話にはあとで、どこぞで美人が待っておったに違いないともっぱらだった」

さて、こうした数ある越山会の中でも、「最強の婦人部」とされていたのが、田中の生地、当時の刈羽郡二田村に隣接した柏崎市の柏崎越山会である。田中と長く「二人三脚」で政治生活を共にし、愛人にして秘書の佐藤昭子(旧名・昭)も、この柏崎市の生まれである。女史の生家は日用雑貨屋で、田中が27歳で衆院選初出馬の前年、女史がまだ17歳のうら若き娘の頃、偶然に出会ったのがこの雑貨屋ということだった。

柏崎越山会婦人部の幹部の一人が、なぜ「最強」なのかについて、次のような話をしてくれたことがある。

「もともとは、田中先生の生家のある刈羽郡とこの柏崎市は、越山会をつくる必要がなかったんです。先生が2回目の当選を飾ったときには、すでにこのあたりで自民党ということは田中先生のことを指していた。自民党は嫌いだという人も、田中先生の越山会なら入りたいという者が圧倒的だったのです。

こんなエピソードがありますよ。革新色の強い教師がいて、田中先生に対しても、当然、批判的だった。自分の老母にも『田中みたいなのがおるから、新潟はいつまでたってもダメなんだ』と、よく言っていたそうです。例の〝炭管事件〟での逮捕のことなども、影響していたようです。母親はそのたびに、息子の言葉にうなずいていたそうだが、やがてその母親が亡くなってしまった。

さて、どうしたことか、通夜の席に越山会の提灯がズラリ並んだ。これには、もとより息子もビックリした。あれだけ自分の言葉にうなずいていた母親が、まさか越山会に…と。じつは、生前の母親は熱心な田中先生の〝信者〟で、息子に隠れて長い間、柏崎越山会の婦人部で先生のために活動していたのです。こうした〝隠れ越山会会員〟が各地に少なからずいたのも〝強さ〟の秘密でした」

実刑判決2カ月後の総選挙で空前のトップ当選

昭和58(1983)年の総選挙は、田中のロッキード事件一審で、実刑判決が出てからわずか2カ月後に行われた。

「いまこそ田中先生にフダ(票)を出さねば恩に報いることはできないと、各地越山会が死力を尽くした選挙だった。選挙期間中、地元の新聞が各候補に対する世論調査を行うと、なんと有権者の2人に1人が先生に入れるという結果が出た。一部では当選さえも危いとみられていたことから、有権者の多くが驚いた」(前出・長岡越山会幹部)

結果は、田中自身、それまでの最高得票である22万票を集めて、空前のトップ当選を果たした。なかでも、女性票の伸びが際立っていたのが特徴的だった。

まさに、田中が選挙についてよく口にしていた「男は一杯飲ませれば転ぶ(支持を変えてしまうの意)が、女性はそうじゃない。一度、こうと決めて支援してくれたら動かない、浮気はしないものだ」が、なるほど改めて実証されたのである。

(本文中敬称略/Part7続く)

【小林吉弥】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。最新刊に『新・田中角栄名語録』(プレジデント社)がある。

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