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『ONODA 一万夜を越えて』/10月8日(金)より全国公開~やくみつる☆シネマ小言主義

Ⓒbathysphere – To Be Continued – Ascent film – Chipangu – Frakas Productions – Pandora Film Produktion – Arte France Cinéma

『ONODA 一万夜を越えて』
監督/アルチュール・アラリ
出演/遠藤雄弥、津田寛治、仲野太賀、松浦祐也、千葉哲也、カトウシンスケ、井之脇海、足立智充、吉岡睦雄、伊島空、森岡龍、諏訪敦彦、嶋田久作、イッセー尾形
配給/エレファントハウス

フィリピン・ルバング島のジャングルの中で秘密戦を遂行し続けた小野田寛郎さんを描いた174分の長編です。見終えてみて、この長さは必然だと思いました。

副題「一万夜を越えて」とあるように、29年もの長い戦いをサクサク進められてしまうと、気の遠くなるような時間の経過の遅さが伝わらないことでしょう。

私を含め、おそらく週刊実話読者の方なら小野田さんが帰還された日のことや、そこに至る経緯はある程度記憶にあると思います。この話を日本人が映像化するとしたら「長い間ご苦労様でした」というような、感情に訴えてくるウェットなトーンになりがちかと。

しかし、外国人の目を通して描いた本作には、もっと突き放した距離感があります。時には現地の人と交戦し、実際に30人以上殺していたということですが、主に描かれるのは何事も起きず、ただ身を潜めてどうにか食って生きている平板な日々。まるでドキュメンタリーを見ているように、先の見えない時間の長さ、ジリジリ感が伝わってきます。

ただ、不思議に思うのは、なぜ今、外国が小野田さんの話に注目したのかということ。我々にとっては、製作者が思うほど忘れ去られた遠い過去ではなく、むしろ、ついこの間帰還された気もする存在だと思うんですよね。あの話が国際的な映画の題材になるのかと、意外な驚きを覚えるのでは。

帰還時には生まれていなかった監督

パンフの監督インタビューを読むと、1981年生まれで、74年の帰還時には生まれていなかった監督は、小野田さん自身が書いた自伝や「武士道」の本は、あえて読まなかったそうです。本人の主観や欧米の日本に対するイメージに影響されることなく、万国共通で人道的な部分にフォーカスしたかったそう。だからこそ、現地の人たちに与えた恐怖などもフラットに描かれています。考えてみればそうですよね。すぐ襲ってきそうな日本兵が30年近く裏山に潜んでいるとしたら、たまったもんじゃない。よく知っているつもりだった話をあえて今、見たことで、真相はどうだったのか色々調べたくもなりました。

小野田さん救出を成功させたバックパッカーの鈴木青年についてですが、うちのカミさんが持つ膨大なビデオライブラリーの中にNHKが放送した再現ドラマがありまして、すぐに見直すことができました。妻のライブラリーが、初めて役立った瞬間でした。

前回この連載でご紹介した『MINAMATA』といい、日本人が当たり前に共有していることの中にも、外国から見たら食いつきたくなるテーマは、まだあるのかもしれませんね。

やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。

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